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形而上学的なボクなのだ

「途方に暮れて、人生論」(保坂和志著)をパラパラとめくっていたら、こんな文章に出くわしました。

「素晴らしいものに接すると、私たちはよく「こういうことは音楽でしか表現できない」とか「こういうことは絵でしか表現できない」という風に感じる。じつは、そう感じた時に、私たちは形而上学的なことを感じているのだ」

「・・さらには、経済効率のサイクルに入らない人間にはニートの烙印を押して、罪悪感や無力感を植え付けて、彼らが形而上学に走ったり、突如、蜂起したりしないように監視する」(以上本文より)


全くその通りだと思います。
僕はよく人間はズルイ、と書いていますが、知れば知るほど人間というものはズルイ。
そのズルサというのは、僕にもあるわけですが、そうにならないようにと形而上学的な考えを持とうと思っているわけです。

もし仮に、社会が絵に描いた世の中を作ろうとしているのなら、それは無理ってもんです。
ズルイ人間が、そんな世の中を作れるはずがないからです。

人それぞれ役割があるってもんで、頭の固い人間や権威やお金に溺れている人間だけでは、社会が変化できるわけがありません。

そういうことですので、今、眠っている人は起き上がって下さい。
目覚ましは鳴っていますよ!
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by masagorotabi | 2011-02-13 19:07 | 雑想 | Comments(0)
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