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客観と主観

寺田寅彦の「珈琲哲学序説」という随筆を、寝床で読んでいました。

最初に牛乳の話が書かれていて、昔は薬用品として飲まれていたように思える、と書かれてあります。
日本人が牛乳がを飲み出したのは、やはり明治維新後だろうか?

それまで獣の乳は飲まれてこなかったように思われるのですが、薬用品として飲まれていたという感覚は面白いですね。
砂糖も昔は薬局で売られていたといいますが、白いものが薬と思われるのは、白いものに何かを感じているからなのだろうか。(当時、砂糖は白いかは知りませんが)

「宗教は往々人を酩酊させ官能と理性を麻痺させる点で酒に似ている。
そうして、珈琲の効果は官能を敏感にして洞察と認識を透明にする点でいくらか哲学に似ているとも考えられる。
酒や宗教で人を殺すものは多いが珈琲や哲学に酔うて犯罪を敢てするものは稀である。
前者は信仰的主観的であるが、後者は懐疑的客観的だからかも知れない。」(本文より)

こうした認識は、必要なのかもしれないなあ。
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by masagorotabi | 2014-03-16 20:58 | 読書日記 | Comments(0)
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