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「本の読み方(墓場の書斎に閉じこもる)」(草森慎一著)
「随筆 本が崩れる」          (草森慎一著)を読む

人はなぜ本を読むのか、という問いに著者は寺田寅彦ほ「ウグイスの死」という随筆を引用します。
寺田寅彦が本を読んでいる時に、窓辺で変な音を聞きます。
ですが何事もなかったようにまた本に目を落としますが、次に子供がウグイスが窓に当たったことを父に報告にきて、またもや本を読むことを中断し、人間が作り出した文明とウグイスの死を関連させて考え込みます。

著者はこうした繰り返しが、本を手から切り離せない理由にあげています。
つねに中断の連続であり、時にその中断により、寅彦がそうだった如く、本の内容とはまったく別のところへ引きずり込まれ、うむと考え込んだりもする。快る候。」(p12本文より)

私が解釈すると「ハレとケ」ではないかといったところかな。
日常と非日常、その繰り返しが心地よい、あるいは必要な生活感を紡ぎだすのではないだろうか。
読書に限らず、趣味、スポーツなども同じことが言えると思います。

後者には、本が崩れ、風呂から出られない話が綴られています。(他もある)
著者は、一日に5冊の本を買い、仕事がらみですと一日に30冊の本を読まれたそうです。
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by masagorotabi | 2015-08-04 20:36 | 読書日記 | Comments(0)
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