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「差別と教育と私」を読んで

「差別と教育と私」(上原善広著)を読む

著者は路地出身のノンフィクションライターです。
(路地とは被差別部落のことで、作家中上健次が使っていた言葉)
なぜ私がこうした本を読むかというと、なぜ人は差別をするのか、もっと人間というものを知りたい、といった理由からです。

著者の生い立ちから書かれていますが、物心ついていた時期から家族は崩壊しています。
(両親が愛人を作ったり、次兄が性犯罪を犯します)
著者自身も荒れた生活をしてしまいますが、解放教育によって立ち直ります。

ひとが生きていくかぎり、差別をしない人間であることが目標の一つであると思っています。
部落差別が身近で起きていないので差別のしようのない人もいるし、部落差別ということを知ってから差別をしない人間でいようと思う人もいると思います。
私は後者を選んでいます。
もし、間違いを犯してしまいそうになったら、知っていることが力になると思っているからです。

第4章に1999年に起きた広島・世羅高校事件が書かれています。
ニュースで大きく取り上げられたので私も覚えています。
日の丸、君が代を実施するかでもめて、校長が自殺をしてしまった事件でした。

この事件がきっかけで法改正がなされ、法によって日の丸君が代が実施されるようになりました。
自分たちが正しいと思っても、善良な人を平気で追い込むこともあるという、あってはならない出来事でした。

生まれながらに平等で教育も受ける権利もあるはずなのに、世の中はそう上手くはいかず、いじめによって教育を受けられなかったり、いわれなき差別を受け心身が薄弱になってしまうことは日常茶飯事で行なわれているのが現実でしょう。
そう、私たちの直ぐそばでそんなことが起きている。
そうならない為に法があり、私たちはそれを守らないといけないと思うのである。

著者は、はじめに「ノンフィクションで路地が描ける時代がきたのだ」と書かれていますが、それは明るい未来のひとつだと思います。
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by masagorotabi | 2016-02-05 22:48 | 読書日記 | Comments(0)
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