<< 仮釈放 贖罪 >>

死刑の基準

「死刑の基準『永山裁判」が残したもの」(堀川恵子著)を読む

冒頭に光市母子殺人事件のことが書かれていて、その犯人が死刑判決が出された時に周りでは拍手と喝采として迎えられてことに、著者は戦慄をおぼえます。
少年法が適用されるかどうかの事件でしたが、その先駆けとして永山則夫の連続射殺事件があります。
当時、永山の年齢は19歳と数ヶ月でした。

極貧の中で育ち、父親はギャンブル狂いで暴力を振るい、そんな中で育ちました。
しかし、当時はみな極貧の中にあり、こうしたことが原因で事件を起こしたことに関しては、情状酌量の余地はないとされ死刑判決がおりました。

永山は刑務所(?)の中で、難解な哲学書を貪るように読み、「無知の涙」という本を出版します。(私も読んだことがありますが、難しい文章だなと思いました。)
小説なども出版して、印税などは遺族に渡しました。(受け取らない遺族もいたと思います。)

著者は1万5千通もの永山の手紙を読み、母子殺人事件の犯人にもインタビューしています。
その犯人から「生きていたい」という言葉を引き出しますが、永山もまた死刑が行なわれる時に「殺されてなるものか」と叫んで抵抗したといいます。

個人的には、この言葉には違和感を感じてしまいましたが、生きるということは彼等にとっては贖罪だったのかもしれません。
[PR]
by masagorotabi | 2017-02-28 20:48 | 読書日記 | Comments(0)
<< 仮釈放 贖罪 >>