カテゴリ:読書日記( 260 )

読書

「読書の腕前」(岡崎武志著)を読む

著者は1年間に古本2000冊新本1000冊を買うほどの読書家です。

加藤周一、中村真一郎、福永武彦、こういった知の巨人を引き合いに出し、読書をすれば「品」というものが備えられるとも記されています。(納得します)

それにしても、これだけの本を読めるのかと思ってしまいますが、白洲正子のエッセイの中に、数ページだけ読んだだけで中身が分かってしまうと書かれていましたので、腕前が上がれば1を知って10を知るではありませんが、そのようなことも可能なのであろう。

読書家にとっては本が貯まることは頭痛の種なのでしょうけど、著者もまたそのような苦労をかかえます。

カヌーイスとの野田さんが、カヌー旅行の時には読んだ本は飯を炊く時の燃料にするという記述があり、旅行中はそれもありかなと思い、私も1回くらい真似たことがありました。
本を燃やすというのは、作者にとって失礼にあたるかなと思いましたが、読みたければまた買えばよろしいと思ったことは、よい想い出です。

余談ですが、松本清張はひと月に3000枚の原稿を書いたそうです。(そのためにゴーストがいたのではないかと噂されたそうです)その他にも、膨大な資料を読んだことでしょうから、こういった人の頭の中はどういう構造なのかを知りたいと思いました。
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by masagorotabi | 2016-10-14 20:27 | 読書日記 | Comments(0)

道徳

「新しい道徳」(北野武著)を読む

江戸時代あたりは、芸人は河原乞食と呼ばれ蔑みされていました。
その原因は、食うや食わずの生活の中で好きなことやって生活している人たちを羨ましく思ったのではないかと記しています。(エライ人たちも、芸人を呼んで笑っていた。)

副題は『「いいことをすると気持ちいい」のはなぜか』です。
群れの中で生活している人間は、社会との関わりの中で生きることしかできないので、その一因になれた喜びで気持ちよさを感じる、といった内容のことが書かれています。

コンビニなどで、たむろしている人たちがいますが、こういった人たちも社会と関わりたいという気持ちがあるから、他人から邪魔だと思われてもああいった行動をするのではないかと思います。

向上心がある人は礼儀正しいということも書かれてあります。
こういった人は、他人を不愉快にしないし、負の感情も持ち合わせる時間もないのだろう。
なにより、人とのつながりが一難大事だという認識があるのかもしれない。

著者は、押し付けられた道徳よりも、個人が個人としての道徳心を持つことを推奨しています。
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by masagorotabi | 2016-10-09 19:00 | 読書日記 | Comments(0)

雑草

「植物はなぜ動かないのか」(稲垣栄洋著)を読む

木が進化して植物になったとか、身を守る為に毒を作ったとか、植物にまつわる話が記されています。(恐竜絶滅にも植物が関与しているともいわれているそうです。高い木だったものが進化して植物になり、その影響も関与しているとも。)
雑草魂、雑草軍団という言葉は、厄介者と扱われる外国とは違い、日本では良心的に捕えられることがあるとも書かれてあります。

たしか昭和天皇は、雑草といわれる草はないとおっしゃって、皇居の草を刈らせなかったと思います。

身近でありながら、草のことは殆ど眼中に入らないくらい現代人は文明とやらにどっぷりとはまってしまった。
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by masagorotabi | 2016-10-08 20:32 | 読書日記 | Comments(0)

なぜ私たちは差別をするのか?

「差別の民俗学」(赤松啓介著)を読む

警察の留置場や刑務所へ行くのをすすめることもないが、娑婆ではわからないこともわかってくる。たとえば、スリ、泥棒、オカマなどの世界でも、あらゆる隙を見つけては差別を作っていた。「人の上に人をつくらず」というのは上向きの人間がいうことで、しもじもの者は、「人の下に人をつくる」ために一生懸命に努力している構造はなんとも無惨なことではないか。少しでも表層へ浮上する為には、その下に踏み込んでおいて支えにする材料がなければならない。それをしなかったら、自身が踏み埋められて、他人の支えに使われる。」(P43)

だれも生まれながらにして犯罪者である人はなく、ほとんど後天的な環境であるといえる。たとえ少数の先天的素質がある人があるとしても、それは精神的病理の問題というべきであろう。私たちは犯罪者を笑う資格はないし、その責任を糾弾されるとすれば、こうした社会の存在を見過ごしている私たち自身であった。私は警察がいうほど暴力団、暴走族などを非難する気はない。暴力団に脅かされるのはイヤであるし、暴走族にハネとばされるのも好きではない。しかし、根源的には、我々自身の責任だという認識がある。」(P116)

やっと巡り会えたなあという言葉です。
柳田民俗学に対しては、差別や階層の存在を認めていないことだと記しています。


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by masagorotabi | 2016-09-30 20:28 | 読書日記 | Comments(0)

若者

「若者ホームレス」        飯島裕子著
「若者はなぜ正社員になれないのか」川崎昌平著
「高校放浪記 1」        稲田耕三著を読む

若者がホームレスになる場合は、頼るべき家族の不在や、イジメ、人間関係といったものが影響しているという。
人が年を重ねると下品になっていくと思いますが、そうしないとバカにされたり見下されたりと、自分自身を守るということでもあると思います。
それにともない陰鬱な世情になって、ますます暮しにくくなっていく。

「高校放浪記」は40年前程の作品ですが、著者は5回も転校を重ね高校を卒業します。
父親、学校に反抗し喧嘩に明け暮れ、尖った高校生活をおくりますが、そこには陰鬱さはありません。

昔が良かったとか今が良いとも思いませんが、今の時代に参考にすべきことがあればそこから学び生かすことも大事なことだなとも思います。
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by masagorotabi | 2016-09-27 21:03 | 読書日記 | Comments(0)

裏日本

「裏が幸せ。」(酒井順子著)を読む

裏日本(日本海)の静謐さが書かれています。
作家でいえば泉鏡花、水上勉の作品があげられています。
これらの作品には幸福な女性は描かれていませんが、日本海という土壌でしか表現できない、そういったものかもしれません。
しかし、北前船が運航されていた時代は、こちらが表日本といわれていたのですけどね。

オートバイ、自転車で裏日本の道は走りましたが、道は比較的空いていますし、日本海というどこか寂しげな雰囲気も好きでした。
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by masagorotabi | 2016-09-13 11:19 | 読書日記 | Comments(0)

昔話の幸福

「だれが幸運をつかむのか(昔話に書かれた贈与の秘密)」(山泰幸著)を読む

柳田国男の言葉にこんなのがあるそうです。「人はいたずらに幸不幸にならず、これを求めるにはおのずから方法のあることを、こうして発明してきたのが昔話の手柄であった。

関敬吾の言葉にもこんなのがあるそうです。「昔話の中心的なテーマは、広い意味での幸福の獲得であり、困難を克服することによって、幸福へ到達することを語るもの

昔話の中には、幸福になる為の方法論が描かれているということなのだろう。

「鶴女房」という昔話がありますが、強欲(お金欲しさ)と強い贈与(助けられた御礼に布を織った)の為に、最後には子供を残して別れ離れになってしまいました。
これは戒めの物語だったということです。

昔話に見る幸福とは、正直で少しの贈り物(桃太郎など)でなり得た、そんな物語が多いですね。
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by masagorotabi | 2016-08-31 20:20 | 読書日記 | Comments(0)

植物

「植物は<知性>をもっている」(ステファノ・マンクーゾ他著)を読む

紀元前には、植物は生命があるのかないのかを議論されていたそうなので、現代との認識はかなり違っていたのであろう。

植物には戦略というものがあり、虫や動物を使って範囲を広げてきた。
美しい花というのも、人間を使って拡散しようという目論みがあるとかないとか・・

化学物質を放出することにより、お互いが感じることがあるという。
たしかブナは数年に一度大豊作の年があり、それは動物たちが食べきれないほどの量なので、種の保存というブナの戦略であるという話を聞いたことがある。

大きな木には神が宿るという信仰が日本にはあると思うが(きっと他の国にもあるのだろう)、無意識に日本人はそのようなことを感じてきたのだろう。

それを思うと植物人間という言葉は、無機質な思いを感じてしまう。
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by masagorotabi | 2016-08-30 19:34 | 読書日記 | Comments(0)

東京タクシードライバー

「東京タクシードライバー」(山田清機著)を読む

ノンフィクションです。

タクシードライバーに初めからなるという人はあまりいなくて、多くの人生を積み重ねた人たちが最後にたどり着いた自分の居場所という感じで綴られています。

道が分からず20分大声で怒られたり、君はこの仕事に向いていない辞めなさいと言われたり、それでも最低限のサービスは行ない料金をお客から頂かなくては商売がなりたちません。

この本で紹介されている15人のドライバーは、それなりに魅力があり、多くの人生経験を積んでいます。
高学歴や外資の人たちの中には、そんなドライバーを見下す態度をする方もいるそうです。
人格を変えなくてはやっていきない(この本の中に書かれていた言葉です)世界の人たちなので、見下すという形でしか自分を表現できないのであろう。

フィクションでありながら、一編の小説を読んでいるような気になりました。
人にとって一番大事なの、人に寄り添う、そんな気持ちなんだろうなあ。
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by masagorotabi | 2016-08-24 20:41 | 読書日記 | Comments(0)

やり投げ

「一投に賭ける(溝口和洋 最後の無頼派アスリート)」(上原善広著)を読む

1989年やり投げで世界第二位の記録を作り、ワールドグランプリ年間二位という成績を収めました。

世界第二位というのは、当初は世界記録のアナウンスがあり、その後覆った経緯があります。
アメリカの、それも差別の多い地域ではこのようなことがよくあったそうで、第二投の記録も減らされたとあります。

ストイックまでに身体を作り、やり投げで有利な欧米人に対抗し極めるまでの努力は相当なものだと本を通じで感じます。
欧米の記者に「なぜ薬を使わない」という質問をされたそうです。
当時は、ドーピングが暗黙の了解だったのだろうか。

そのうち溝口氏の名前は陸上界から消えていきます。
陸連との確執や、故郷に帰って親の面倒や農家を継ぐことが理由のようですが、裏表のない性格もまた関係があるのかもしれません。(マスコミも大嫌い)

現役の頃は煙草を吸っていたそうですが、煙草よりもトレーニングの方が身体に悪いという話には、思わず納得してしまいました。

今後はコーチ業もという話もあるそうですので、活躍を期待したいと思います。
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by masagorotabi | 2016-08-18 20:18 | 読書日記 | Comments(0)