カテゴリ:読書日記( 254 )

昔話の幸福

「だれが幸運をつかむのか(昔話に書かれた贈与の秘密)」(山泰幸著)を読む

柳田国男の言葉にこんなのがあるそうです。「人はいたずらに幸不幸にならず、これを求めるにはおのずから方法のあることを、こうして発明してきたのが昔話の手柄であった。

関敬吾の言葉にもこんなのがあるそうです。「昔話の中心的なテーマは、広い意味での幸福の獲得であり、困難を克服することによって、幸福へ到達することを語るもの

昔話の中には、幸福になる為の方法論が描かれているということなのだろう。

「鶴女房」という昔話がありますが、強欲(お金欲しさ)と強い贈与(助けられた御礼に布を織った)の為に、最後には子供を残して別れ離れになってしまいました。
これは戒めの物語だったということです。

昔話に見る幸福とは、正直で少しの贈り物(桃太郎など)でなり得た、そんな物語が多いですね。
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by masagorotabi | 2016-08-31 20:20 | 読書日記 | Comments(0)

植物

「植物は<知性>をもっている」(ステファノ・マンクーゾ他著)を読む

紀元前には、植物は生命があるのかないのかを議論されていたそうなので、現代との認識はかなり違っていたのであろう。

植物には戦略というものがあり、虫や動物を使って範囲を広げてきた。
美しい花というのも、人間を使って拡散しようという目論みがあるとかないとか・・

化学物質を放出することにより、お互いが感じることがあるという。
たしかブナは数年に一度大豊作の年があり、それは動物たちが食べきれないほどの量なので、種の保存というブナの戦略であるという話を聞いたことがある。

大きな木には神が宿るという信仰が日本にはあると思うが(きっと他の国にもあるのだろう)、無意識に日本人はそのようなことを感じてきたのだろう。

それを思うと植物人間という言葉は、無機質な思いを感じてしまう。
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by masagorotabi | 2016-08-30 19:34 | 読書日記 | Comments(0)

東京タクシードライバー

「東京タクシードライバー」(山田清機著)を読む

ノンフィクションです。

タクシードライバーに初めからなるという人はあまりいなくて、多くの人生を積み重ねた人たちが最後にたどり着いた自分の居場所という感じで綴られています。

道が分からず20分大声で怒られたり、君はこの仕事に向いていない辞めなさいと言われたり、それでも最低限のサービスは行ない料金をお客から頂かなくては商売がなりたちません。

この本で紹介されている15人のドライバーは、それなりに魅力があり、多くの人生経験を積んでいます。
高学歴や外資の人たちの中には、そんなドライバーを見下す態度をする方もいるそうです。
人格を変えなくてはやっていきない(この本の中に書かれていた言葉です)世界の人たちなので、見下すという形でしか自分を表現できないのであろう。

フィクションでありながら、一編の小説を読んでいるような気になりました。
人にとって一番大事なの、人に寄り添う、そんな気持ちなんだろうなあ。
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by masagorotabi | 2016-08-24 20:41 | 読書日記 | Comments(0)

やり投げ

「一投に賭ける(溝口和洋 最後の無頼派アスリート)」(上原善広著)を読む

1989年やり投げで世界第二位の記録を作り、ワールドグランプリ年間二位という成績を収めました。

世界第二位というのは、当初は世界記録のアナウンスがあり、その後覆った経緯があります。
アメリカの、それも差別の多い地域ではこのようなことがよくあったそうで、第二投の記録も減らされたとあります。

ストイックまでに身体を作り、やり投げで有利な欧米人に対抗し極めるまでの努力は相当なものだと本を通じで感じます。
欧米の記者に「なぜ薬を使わない」という質問をされたそうです。
当時は、ドーピングが暗黙の了解だったのだろうか。

そのうち溝口氏の名前は陸上界から消えていきます。
陸連との確執や、故郷に帰って親の面倒や農家を継ぐことが理由のようですが、裏表のない性格もまた関係があるのかもしれません。(マスコミも大嫌い)

現役の頃は煙草を吸っていたそうですが、煙草よりもトレーニングの方が身体に悪いという話には、思わず納得してしまいました。

今後はコーチ業もという話もあるそうですので、活躍を期待したいと思います。
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by masagorotabi | 2016-08-18 20:18 | 読書日記 | Comments(0)

「大地の五億年(せめぎあう土と生き物たち)」(藤井一至著)を読む。

身近な存在でありながら土のことを知らなかったりします。

土は木や草が分解されてできますが、自然としれは酸性土となります。
ブナや杉は、それに対応するかのように酸性土で生育できるように進化してきたそうです。

水田というのは、酸性土でも生育できるようなやりかたで、アジア諸国で人口増加されてきた訳は、この水田という技法なのではないだろうか。

ミミズよりも腐葉土を分解する腸内能力を持った生き物は、カブトムシの幼虫だそうです。
そんな目でみると、カブトムシが愛おしく思えてきます。

土というのは、奥が深いなあ〜。
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by masagorotabi | 2016-08-03 22:15 | 読書日記 | Comments(0)

死と狂気

「死と狂気(死者の発見)」(渡辺哲夫著)を読む

常人はいつも己の狂気を内に秘め、その露呈を気遣い恐怖しつつ生きている』(本文より)

狂気を秘めていることさえ気づかないで生きている人もいるんじゃないかと思っていますが、内なる狂気をどのように鎮めて生きていけばいいのかというと、副題にもある通り死者の発見にあると著者は問います。

墓参りをしたり、仏壇に拝むということも、自身の狂気を鎮める役割があるのだろう。
そこは、ひとりじゃないということを認識できる場所でもある。

「メメント・モリ(死を想え)」という言葉がありますが、死を考えるということは内なる狂気との闘いであるのかもしれない。
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by masagorotabi | 2016-08-02 20:15 | 読書日記 | Comments(0)

異なる悲劇 日本とドイツ

「異なる悲劇 日本とドイツ」(西尾幹二著)を読む

1994年に発刊された本です。

ドイツは戦後、戦争責任という国家賠償はしていません。その代わりに経済での援助を行なってきました。(ユダヤ人に対する個人保障としては邦貨にして総額6兆円もの払っていて日本は6千億円程度だそうです)
それは、ナチズムとドイツ国民とは別で、ナチズムがドイツ国民を巻き添えにしたという考え方に基づいています。
日本はというと、軍部と日本国民は一緒であるという考え方で集団の罪という形で、道徳的な責任を感じてきました。

戦争では、どの国も戦争犯罪を犯してきました。(原爆投下もそうです)
それらは講和条約によって水に流すというのが慣例だそうです。

ドイツといえば、赤字国債を発行しない健全財政、犬猫殺処分ゼロという凄いなというイメージを持っていますが、1980年から十数年間は日本叩きの雑誌が売れたそうです。
経済がうまくいかない時には、そういった傾向にあるのでしょうが、日本がドイツを叩くということは耳にしません。
現実にはドイツはロシア寄りで、北方領土に関してもロシア寄りだそうです。

イギリスだかどこかの国の首相が日本を訪問した時に、日本のイメージを聞かれ「友達のいない国」という表現をされた方がいたそうですが、哀しい言葉ですね。
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by masagorotabi | 2016-07-28 20:52 | 読書日記 | Comments(0)

学問


「日本文学史序説 上」(加藤周一著)を読む

正直、古典などという難しいものはそれほど読んだことはなく、全然頭に入ってきませんでした。
それにしても、これだけの本を書くというのは、それだけ知識があるわけで、いつどのように知識を堆積しているのだろうかと思ってしまうほどです。

池田清彦氏の本の中に、「勉強するつもりなら独学の方が効率がいい」とありますが、加藤周一の本を読んでいると、そうなんだろうなあと思ってしまいます。

加藤周一の本の中に、もっと学問がしたいという記述があったと思いますが、漢字学者の白川静博士も脳だけ取り出して学問できないだろうかという記述があったと記憶していますが、まさに「学問は長く、人生は短い。(ピポクラテス)」ということなのだろう。
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by masagorotabi | 2016-07-17 18:58 | 読書日記 | Comments(0)

慰安婦問題

「よくわかる慰安婦問題」(西岡力著)を読む

強制連行があったかどうか問題とされていますが、あったという証明されるものはなく、元慰安婦の方々の証言しかたよるものがないそうです。

拘束されているわけでもなく金銭の授受もあるわけですから、戦後まであった赤線という感じで存在していたのであろうか・・・

家が貧乏でやむなく自分の子供を売る(?)という行為を強制連行とするならば、売られた方々からすればそういった解釈もなされると思います。

この本を読む限り性奴隷という解釈は違うのではと思いました。
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by masagorotabi | 2016-07-01 19:46 | 読書日記 | Comments(0)

ゼロ

「ゼロ―なにもない自分に小さなイチを足していく 」(堀江貴文著)を読む

前半は、著者の幼少期の生い立ちなどが綴られています。
それほど仲の良い両親とは思われない家庭で育ちますが、勉強はよくでき進学校に進みますが、そこでコンピューターに出合い、どっぷりと嵌ります。
遅れを取った勉強では、一念発起して東大へと進学します。

これでいいのかと思い悩みながら、インターネットの世界へ没頭し、そして在学中に起業し会社を大きくしていきますが・・・

働くことが好きで好きでしょうがないという著者のライフスタイルは、お金はもらうものではなく稼ぐものであるという受動態ではなく能動態で生きよという、前向きな考え方に貫かれています。

以前に「お金でなんでも買える」ということで物議をかもしましたが(本人はそんなことは言っていないとラジオ番組で話しています)、それはお金の前では多くの人はひれ伏すという意味ではなかったと憶測します。

何かに没頭したり情熱を持って生きるということは、平たくいえば誰にも嫉妬を感じないという生き方であって、著者自身も嫉妬をするという感情がそれほどないのではないだろうかと思います。

なぜネクタイを締めないのかという逸話では、締めないといけないという明文化された場所では締めるけど、それ以外では締めたくないという話です。
世間にはどっぷりと漬かりたくない、そんな意志を感じます。
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by masagorotabi | 2016-06-20 06:16 | 読書日記 | Comments(0)