カテゴリ:雑想( 71 )

忘れるべからず

震災イジメというのがニュース記事になったりしていますが、こうした問題の難しさはイジメられた人たちの中にもイジメる側に転じることがあるからです。
愚かなことにイジメる人たちは、イジメたことを忘れてしまう・・

先日、養老孟司さんの本を読みましたが、その中に自分が死ぬことを忘れているとう文章がありました。
講演をしたあとに、責任者が来年もお願いしますと言われた時に返答として「生きていたら」と返すと、相手の人は苦笑いを浮かべるそうです。
1年後、自分がもしかしたら死んでいるかもということが想像できないんですね。

人間は忘れては行けないことを平気で忘れてしまう。
そうでないと生きてはいけないのかもしれないのですが・・・
というよりも生きていく資格があるのか、そんなことも考えないのだろう。
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by masagorotabi | 2017-03-13 19:56 | 雑想 | Comments(0)

成長

読む本がない時は、本棚から選んで読んでいます。

野呂邦暢のエッセイの中に、日記を子供の頃から書いているというくだりがあり、その日記を読み返してみると自分自身が成長していないことに気づくという場面があります。

白洲正子のエッセイの中には、小林秀雄から「人間は何もしないで遊んでいるときに育つんだよ」と言われビックリしたということが描かれています。何もしないということは実に大変なことであるとも書かれていますが、ふと人間の成長について考えてしまいました。

経験が人をつくるとか、立場が人間を成長させるとかも言われますが、そんなことはないと実感として感じることがあります。
成長とはなんだろう。
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by masagorotabi | 2016-09-25 19:43 | 雑想 | Comments(0)

加藤文太郎の単独行

登山家加藤文太郎の文章です。

我々は、狭い道を通るとき、こっちが大手を振って進めば、向こうからくる人はそれをよけるか、こっちが小さくなって進めば向こうは大手を振ってやってくることを知っている。また、雪の一本道など歩いているとしばしばあることだが、向こうからくる人よりこっちが多人数なら決して道を避けようとはしないだろう。

 だから単独行よ、見解の相違せる人のいうことを気にかけるな。もし、それが気にかかるのなら単独行をやめよ。何故なら君はすでに単独行を横目で見るようになっているから。悪いと思いながら実行しているとすれば犯罪であり、良心の呵責をうけるだろう・・。
 良いと思ってやってこそ危険もなく、心配もなく、ますます進歩があるのだ。弱いものは虐待され、滅ぼされていくだろう。強い者はますます強くなり、ますます栄えるだろう。
 単独行よ!強くなれ!


加藤文太郎がなぜ単独を愛していたのかを、かいま見れる文章です。
加藤文太郎は31歳の若さで山で死にましたが、加藤が残した遺産は大きい。

それにしても虐める人、虐められる人の立場がよくわかる文章です。
不死身と言われた加藤ですが、感性もまた素晴らしいです。
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by masagorotabi | 2016-05-12 19:43 | 雑想 | Comments(0)

色々

音に色を感じてしまう人もいるそうです。(そういえば黄色い声援という言葉もあります)
絶対音感と同類のものだろうか。

5億年以上前のカンブリア紀は、進化が加速した時代だそうですが、理由として光を感知した生物が初めて登場し、色を感じることで捕食、生殖が展開されていったと考えられているからだそうです。

私が好きな言葉の一つに「色々」というのがありますが、色々なものやことがあった方が健全だし面白いことだと感じます。
逆に色眼鏡のような、ひとつの価値観でものを眺めると弊害もまた多く存在するだろうと思う。
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by masagorotabi | 2016-03-17 19:57 | 雑想 | Comments(0)

考える能力

小泉八雲は、幕末まで成人した人は自己抑制が出来ていて魅力的だったと言っていたか書いてそうです。

何がそうさせたのかを考えてみると、西洋文化が入るようになり精神よりも物質に心を奪われてしまったからだろうか。
それと、自己抑制というものが人を魅力的にさせるものなのだろうかとも考えるのである。

考えるということは自己抑制とも考えられるが、羽生棋士の趣味はチェスだそうで、その理由はと問われると考えることが好きだと答えていた。
だからこそ長いこと強さを保て、それが秘訣なのかもしれないと思ったものです。

便利さというものは与えられるだけで、自分で考えるという行為を奪われる。
どうしたら自己抑制が出来て魅力的になれるのか、そんなことを本気で考えたいものだ。
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by masagorotabi | 2016-02-15 19:45 | 雑想 | Comments(0)

武士道

昔のナショジオ誌を読んでいると前に書きましたが、2000年8月号に関東大震災の記事が少し載っていました。
死者は10万人以上、上野公園や芝公園などに避難した人は157万人にも及び、日比谷公園には15万人もの避難者が避難生活をおくったそうです。
雨が降ったらどうするのだろうかと疑問に思いますが、なんとも人間はたくましく生き残ってきたのだろうというのがシンプルな感想です。

1枚めくると、谷川岳の記事があり、70年間で777人の死者、行方不明者がいたそうです。
なぜ人間はそんな危険な場所へと自ら向かうのだという率直な思いが浮かびます。

葉隠れ(武士道)の中に有名な言葉として、「武士道とは死ぬことと見つけたり」というのがあります。
死を覚悟した時にスキがなくなる、という逸話が載っているということですが、上の言葉はこのようなことをいっているのではと思います。

人はなぜ危険な場所へとむかってしまうのか?
そんな答えがあるような気がします。
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by masagorotabi | 2015-10-15 20:47 | 雑想 | Comments(0)

小津安二郎の映画で「お早う」というのがあるのですが、この中で幼い兄弟がオナラをするシーンが何度もあるのですが、その音は楽器で演奏されています。
なぜ楽器なのかはよくわかりませんが、オナラ自身も何度も登場するといいうのも映画としては珍しいのではないかなと思います。

現代というのは、音というものに無頓着になったなあと感じることがあります。
冷暖房設備の家が多くなり、風鈴というものが少なくなったと考えるとその理由も分かるような気もします。

便利になることはとてもいいことだと思いますが、そこに制限(抑制)というものを取り入れないと人間というのは暴走してしまうのではと憂うこともあります。

兵器を楽器にと言っていたミュージシャンがいましたが、世界がそのようになってくれたら、どんなに暮らしやすいだろうと思います。

心地よい音、優しい音、オノマトペ(擬態語)も含めて、そんな音を探し求め、あるいは自ら発信してみるのもいいかもしれません。

最近は、そんな音を求めてさすらっています。
簡単にまとめてユーチューブにアップをしようと思っているからです。
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by masagorotabi | 2015-05-14 20:06 | 雑想 | Comments(0)

ドッペルゲンガー

「大正幻影」(川本三郎著)をパラパラと読み返していたら、谷崎潤一郎と芥川龍之介の比較がありました。
芥川龍之介は、終生自己分裂の問題に取り組んだ作家だろうと定義し、谷崎潤一郎はそれを快楽として楽しみ、芥川龍之介は病的なものとしてとらえたと記します。

だがしかし芥川龍之介は自殺していった。彼は、文学的仕掛けとして使った筈の自己分裂がいつのまにか実体となってしまい、自己分裂というもうひとりの自分に破滅されたといえないだろうか」(本文より)

谷崎潤一郎の作品で「秘密」というのがあり、その中に女装趣味の話が出てきます。
谷崎は、このように二面性というものを楽しみ、それを作品にしてきました。

女装趣味といえば、何年か前に「ありふれた奇跡」(脚本山田太一作品)というテレビドラマがあります。
加瀬亮さん仲間由紀恵さんの両父親が偶然にも女装趣味があったという話が出てきます。
それがバレることになるのかなあと思いきやバレずに終わっています。
山田太一さんもまた、二面性を楽しみ、人にはそういうものがあり、それを肯定しています。

人には、秘密が大事な時もあるということでろうか。
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by masagorotabi | 2015-04-26 19:39 | 雑想 | Comments(0)

武甲山

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セメント採掘のため削れてしまった武甲山ですが、高度成長期に身を削って手助けをした・・という言い方をする人たちがいますが、その言葉を聞く度に懐疑的になってしまいます。(もちろんその方達や武甲山をを非難することもありません。)

かつて東京(江戸)は、水の都と言われるくらい水路が張り巡らされていました。
明治開国以降、次々と水路は潰されその姿は激減してしまい、芥川龍之介や永井荷風は憂いました。

長い歴史のある日本なのに、古き良き世界は点在するのみになっていくなあという印象があります。
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by masagorotabi | 2015-04-21 19:42 | 雑想 | Comments(0)

支配願望

支配云々のことを書き込みして、自分なりに色々と考えたりしました。

以前に原発関連の本を読んでいた時に、日本の原発推進は支配願望といったことが書かれていました。
原発のような危ないものを扱っていても、こんな簡単に支配できるということを誇示したかったのだと・・

福一の原発事故が起き、アメリカの専門家がその施設を見た時にはりぼての建物に驚いたそうですが、その前にも原始的な扱いで事故を何度か起こし、尊い生命も失っています。

なぜ人は差別するのか、なぜいじめをするのか、なぜ見下すのか、こういったことも支配願望があるからその行為に及んでしまうのであろうか・・

これでは野生動物と変わらないじゃないかと思うけど、ボノボ、オラウータンと比べると明らかに人の方が劣っているなと感じます。
まあ,その支配願望が文明を作ってきたといえなくもないけど・・
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by masagorotabi | 2015-03-06 19:36 | 雑想 | Comments(0)