カテゴリ:雑想( 77 )

考える能力

小泉八雲は、幕末まで成人した人は自己抑制が出来ていて魅力的だったと言っていたか書いてそうです。

何がそうさせたのかを考えてみると、西洋文化が入るようになり精神よりも物質に心を奪われてしまったからだろうか。
それと、自己抑制というものが人を魅力的にさせるものなのだろうかとも考えるのである。

考えるということは自己抑制とも考えられるが、羽生棋士の趣味はチェスだそうで、その理由はと問われると考えることが好きだと答えていた。
だからこそ長いこと強さを保て、それが秘訣なのかもしれないと思ったものです。

便利さというものは与えられるだけで、自分で考えるという行為を奪われる。
どうしたら自己抑制が出来て魅力的になれるのか、そんなことを本気で考えたいものだ。
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by masagorotabi | 2016-02-15 19:45 | 雑想 | Comments(0)

武士道

昔のナショジオ誌を読んでいると前に書きましたが、2000年8月号に関東大震災の記事が少し載っていました。
死者は10万人以上、上野公園や芝公園などに避難した人は157万人にも及び、日比谷公園には15万人もの避難者が避難生活をおくったそうです。
雨が降ったらどうするのだろうかと疑問に思いますが、なんとも人間はたくましく生き残ってきたのだろうというのがシンプルな感想です。

1枚めくると、谷川岳の記事があり、70年間で777人の死者、行方不明者がいたそうです。
なぜ人間はそんな危険な場所へと自ら向かうのだという率直な思いが浮かびます。

葉隠れ(武士道)の中に有名な言葉として、「武士道とは死ぬことと見つけたり」というのがあります。
死を覚悟した時にスキがなくなる、という逸話が載っているということですが、上の言葉はこのようなことをいっているのではと思います。

人はなぜ危険な場所へとむかってしまうのか?
そんな答えがあるような気がします。
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by masagorotabi | 2015-10-15 20:47 | 雑想 | Comments(0)

小津安二郎の映画で「お早う」というのがあるのですが、この中で幼い兄弟がオナラをするシーンが何度もあるのですが、その音は楽器で演奏されています。
なぜ楽器なのかはよくわかりませんが、オナラ自身も何度も登場するといいうのも映画としては珍しいのではないかなと思います。

現代というのは、音というものに無頓着になったなあと感じることがあります。
冷暖房設備の家が多くなり、風鈴というものが少なくなったと考えるとその理由も分かるような気もします。

便利になることはとてもいいことだと思いますが、そこに制限(抑制)というものを取り入れないと人間というのは暴走してしまうのではと憂うこともあります。

兵器を楽器にと言っていたミュージシャンがいましたが、世界がそのようになってくれたら、どんなに暮らしやすいだろうと思います。

心地よい音、優しい音、オノマトペ(擬態語)も含めて、そんな音を探し求め、あるいは自ら発信してみるのもいいかもしれません。

最近は、そんな音を求めてさすらっています。
簡単にまとめてユーチューブにアップをしようと思っているからです。
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by masagorotabi | 2015-05-14 20:06 | 雑想 | Comments(0)

ドッペルゲンガー

「大正幻影」(川本三郎著)をパラパラと読み返していたら、谷崎潤一郎と芥川龍之介の比較がありました。
芥川龍之介は、終生自己分裂の問題に取り組んだ作家だろうと定義し、谷崎潤一郎はそれを快楽として楽しみ、芥川龍之介は病的なものとしてとらえたと記します。

だがしかし芥川龍之介は自殺していった。彼は、文学的仕掛けとして使った筈の自己分裂がいつのまにか実体となってしまい、自己分裂というもうひとりの自分に破滅されたといえないだろうか」(本文より)

谷崎潤一郎の作品で「秘密」というのがあり、その中に女装趣味の話が出てきます。
谷崎は、このように二面性というものを楽しみ、それを作品にしてきました。

女装趣味といえば、何年か前に「ありふれた奇跡」(脚本山田太一作品)というテレビドラマがあります。
加瀬亮さん仲間由紀恵さんの両父親が偶然にも女装趣味があったという話が出てきます。
それがバレることになるのかなあと思いきやバレずに終わっています。
山田太一さんもまた、二面性を楽しみ、人にはそういうものがあり、それを肯定しています。

人には、秘密が大事な時もあるということでろうか。
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by masagorotabi | 2015-04-26 19:39 | 雑想 | Comments(0)

武甲山

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セメント採掘のため削れてしまった武甲山ですが、高度成長期に身を削って手助けをした・・という言い方をする人たちがいますが、その言葉を聞く度に懐疑的になってしまいます。(もちろんその方達や武甲山をを非難することもありません。)

かつて東京(江戸)は、水の都と言われるくらい水路が張り巡らされていました。
明治開国以降、次々と水路は潰されその姿は激減してしまい、芥川龍之介や永井荷風は憂いました。

長い歴史のある日本なのに、古き良き世界は点在するのみになっていくなあという印象があります。
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by masagorotabi | 2015-04-21 19:42 | 雑想 | Comments(0)

支配願望

支配云々のことを書き込みして、自分なりに色々と考えたりしました。

以前に原発関連の本を読んでいた時に、日本の原発推進は支配願望といったことが書かれていました。
原発のような危ないものを扱っていても、こんな簡単に支配できるということを誇示したかったのだと・・

福一の原発事故が起き、アメリカの専門家がその施設を見た時にはりぼての建物に驚いたそうですが、その前にも原始的な扱いで事故を何度か起こし、尊い生命も失っています。

なぜ人は差別するのか、なぜいじめをするのか、なぜ見下すのか、こういったことも支配願望があるからその行為に及んでしまうのであろうか・・

これでは野生動物と変わらないじゃないかと思うけど、ボノボ、オラウータンと比べると明らかに人の方が劣っているなと感じます。
まあ,その支配願望が文明を作ってきたといえなくもないけど・・
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by masagorotabi | 2015-03-06 19:36 | 雑想 | Comments(0)

豊かさについて

「何でも見てやろう」(小田実著)の中に、アメリカとイギリスの豊かさについての比較がありました。

50年前のアメリカは豊かだったのだろう。
いや、それ以前の太平洋戦争中のアメリカでさえ豊かだったのである。

現代はどうかというと、貧富の差、銃社会、高額医療と古き良きアメリカへと追いやられた感がある。
ある証券会社の社員の平均年収が7000万円と、光と陰がくっきりと表れた形になっている。

豊かさを感じる時はどんな時であろう?
冷暖房完備の部屋?財布にたんまりとお金?

もうみんな本当は知っているのであろう。
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by masagorotabi | 2015-01-17 19:53 | 雑想 | Comments(0)

冒険と後悔

ある小説を読んでいたら、オーストラリア(だったっけ?)のナースが、もうすぐ死が訪れるであろう人に、後悔をしたことについて聞いた内容が載っていました。
全部は載っておらず、ネットで検索したら出てきましたのでペーストしてみます。

『死ぬ前に後悔したくない20のこと』
1.他人がどう思うかなんて、気にしなければよかった。
2.もっと幸せを噛みしめて生きればよかった。
3.もっと他人のために尽くせばよかった。
4.あんなにくよくよ悩まなければよかった
5.もっと家族と一緒に時間を過ごせばよかった。
6.もっと人にやさしい言葉をかけてやればよかった。
7.そんなに心配しなければよかった。
8.もっと時間があったなら。
9.もっと冒険して、思い切って生きればよかった。
10.もっと自分を大切にすればよかった。
11.他人の言うことより、もっと自分の直観を信じればよかった。
12.もっと旅に出ておけばよかった。
13.あんなにがむしゃらに働かなければよかった。
14.一瞬一瞬をもっと大切に生きればよかった。
15.子供たちに好きなことをさせてやればよかった。
16.最後に言い争いなどしなければよかった。
17.自分の情熱に従えばよかった。
18.もっと自分に正直に人と接すればよかった。
19.あのとき、本音を言ってしまえばよかった。
20.なにかひとつでも目標を達成すればよかった。

死というものは恐ろしい感覚があるけれど、そこから導きだされるものもあるのだろう。
なぜ人は死を賭けて冒険をするのか?
その答えが、ここに記されているような気がします。
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by masagorotabi | 2014-10-09 19:17 | 雑想 | Comments(0)

まなざし

数週間前の新聞に、「まなざしの誕生」という本が少し紹介されていました。
どんな中身かは、あまり書かれていませんでしたが、もの言わぬ赤ちゃんのまなざしは、色んなものを圧倒的に吸収しているのだろうなと憶測します。

「誤解される人の姿は美しい」とは、岡本太郎氏の言葉です。
この言葉の重引力に、多くの人は引きつけられ、勇気を持って一歩を踏み出したことだろう。

そこには、まなざしがあって、安心していられる空間がある。
「空気を読め」ということよりも、まなざしによって空気を作るということも大切なのではないだろうか・・
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by masagorotabi | 2014-04-15 21:05 | 雑想 | Comments(2)

普通という主観

村上春樹さんの短編小説が、ある町からクレームが入ったという記事がありました。
この町の人たちは、煙草のポイ捨ては普通のこと、といった内容が問題だったと思います。

「普通、そうだよな」というセリフはよく聞きますが、多くの場合は、大多数の意見ではなくて、その人の主観だったりします。

テレビドラマの「明日、ママがいない」が話題になっていますけど、ユーチューブで最新話を公式で配信されていたので、見てみました。
いいドラマだなとしか思わなかったのですが、当事者の方々から見れば、偏見が生まれ、問題になるのでしょうか。

現実と物語には、多くの隔たりがあります。
視聴者は、そうしたことを汲み、一視聴者といて物語を楽しむゆとりが必要なのかなとも思います。
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by masagorotabi | 2014-02-13 21:03 | 雑想 | Comments(0)