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青い鳥のゆくえ

「成熟日本の進路」(波頭亮著  ちくま新書)を読む

『近年目にしたアンケート調査で心に引っ掛かったものが二つある。
 「自分は幸せだ」と思う人の比率が世界一のデンマーク。
 「自分で生活できない人を国が助けてあげる必要はない」と思う人の比率が世界一の日本。
 なぜこんなにも違うのか。』(まえがきより)

「自分で生活できない人を国が助けてあげる必要なない」と思う人の割り合いは、どの国も10パーセント弱であり、アメリカは27パーセント、日本は38パーセント。
しかし、アメリカの場合は一人当りの割り合いでは、日本人の40倍もの寄付をしているそうです。
(ちなみに、デンマークの一人当りの収入は日本人の1.5倍、税金は7割以上とのことです)

日本人のこうした気分というのは、社会の雰囲気を形成してしまうわけで、自らの首を絞めているような行為でしかないと思ってしまいます。

被害者意識が強く、それが性質(たち)の悪い加害者になっているという悪循環。
自分とは違う人たちを見ても、その違いを面白さに転化することはなく、不機嫌さで差別、排他的になって敵意をむき出しにしてしまっているのではないだろうか。

「他人の不幸は蜜の味」と感じてしまうのは、まだまだかわいい方で、自らの行為、言動で相手を踏みつけたりバカにしたりして不幸にさせたりすることは、救いようのない蛮行としか思えない。

国民の多くが、自分は幸せだと胸を張って言い切る時代は来るのだろうか。
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by masagorotabi | 2010-07-28 20:46 | Comments(0)

クサイものには蓋をしろ

テレビはあまり見る方ではないですが、CMを見ていたらちょっと気になることがありました。
「クサイ」という言葉が頻繁に使われることに関してです。

視聴者に、強迫観念を植え付けて商品を売ろうという魂胆なのだろうけど、この言葉はいじめの時に使われることが多い。
「キモイ」という言葉と同様に、常套文句化している。

そういう言葉を電波に乗せて発するということに、違和感を感じたわけです。
クリエイターが、好んでこういた言葉を多用しているとは思わないけれど、もっと美しい言葉で商品の良さを伝えることはできないのだろうか。
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by masagorotabi | 2010-07-15 20:14 | 雑想 | Comments(0)

永遠の未完成

NHKの「日曜美術館」という番組をたまたま見ていた時に、長谷川りん二郎のことが特集されていました。
探偵小説家であり画家であったのですが、お金や名誉のために絵を描くのではなく、あくまでも好きであるから絵を描きます。

その画風や書き方も独特であり、その対象をよく見て、時間をかけて描いていきます。
だから、何年もかかったり、完成しなかったりします。

解説者が言っていましたが、りん二郎の絵の中の対象物は、みな平等であり、それだから見る人の平衡感覚を養っているのかもしれません。

昨日の「日曜美術館」は、葛飾北斎の特集でした。
80歳になっても、ネコ一匹描けやしないと娘に嘆いたそうですか、食べることよりも絵を描くことが好きだった北斎もまた、画家としての執念を感じます。

ネコで思い出しますが、りん二郎の絵で一番有名なのは、ネコの絵です。
ですが、そのネコの絵には片方のヒゲがありません。
飼い猫が死んでしまったからです。

未完成なのか、それとも未完成だからこそ完成された絵なのか、それは静ひつの暮らしの中で、絵を見つめていたお二人にしか分からないことなのかもしれません。
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by masagorotabi | 2010-07-13 20:46 | 雑想 | Comments(0)

「胸が痛む」という生き方

「こんなの、はじめて?」 (酒井順子著 講談社)を読む

『日本航空といえあ、「経営難」という言葉が思い浮かぶ今。・・・・・・
 飛行機の中ではキャビン・アテンダント(CA)さんが新聞や飲み物を配ってくれるわけですが、そんなサービスを受けた後に、私の後方に座っていた若い女の子二人連れが、
 「JALのスッチー見てるとさあ、つい『大丈夫ですか?』って言いたくなるよねえ」
 「なんか可哀想だよねえ、いつクビになるかわからないのに、こんな重労働で」
 などと話していたのです。』(本文より)

先日、映画「ホテル・ルワンダ」を見ました。
100万人が虐殺された事件でしたが、人間はいとも簡単に狂気になりえるのだなあと痛感します。

上記にあるような人たちは、簡単に洗脳され狂気な人間にされてしまうような気がしますが、日本人の8割がこのような人たちではないかと思っています。
あとの2割の人は、「胸が痛む」とは思っても可哀想だなとは思わないのではないかと感じます。

人生なんて簡単に逆転をしてしまうことが多いです。
病気や交通事故、コツコツと努力してきたものがやっと華を咲かせることができた、など。

だから、逆転したりされたりという生き方をしなくてもいいように思えます。
「胸が痛む」という生き方さえしていれば、僕らは逆転される恐怖から解放され、逆転するという優越感からも解放される。
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by masagorotabi | 2010-07-07 19:09 | Comments(0)