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失うものは何もない

一週間程前の読売新聞にこう記されていました。

「経営コンサルタントの冨山和彦氏は、世代間の所得配分の偏りを問う。「若者よ、挫折力を鍛えよ」で氏は、医療や年金の制度改革が進まないのは、団塊世代など「上の世代」が資産を再分配する気がなく、「逃げ切り」を図っているからだという。殻に閉じこもるのはむしろ「上の世代」であり、若者が草食化、内向き化するのは、その閉塞状況にしたたかに順応しているためだーというのが氏の見方だ」(読売新聞 「思潮2001」より)

なるほどなあと思いました。
ようするに自分は傷つかない代わりに、むしろ加害者になっているという図式なのだろう。

若者の比率が高い時ほど、変革が起こりやすいと聞いたことがありますが(明治維新など)、少子化といわれる現代では、変革することすらできないという状況なのかもしれません。
若作りはするけど、成熟はしない大人たち。
自分の見を守るためには、足を引っ張り出る杭は叩く人たち。
まず、あなたたちが殻を破るのが先決なのだろう。

殻を破るとは、失うものは何もない、こうに思えることなのではないかと今の僕は思うのである。
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by masagorotabi | 2011-01-30 18:48 | 雑想 | Comments(0)

臆病者

市川準監督の「あしたの私の作り方」という映画を見ました。
小学生高学年から高校一年までの女の子を主人公にした物語です。
どんな世代にも悩みというものはあるもので、いじめる側、いじめられる側、いじめられないように静かにいる者、いろいろな思惑があります。

最近のニュースで気になったのは、死刑制度に賛成する人が8割いるということです。
キリスト教徒国家であれば逆転する数字ででしょうが、日本人というのは身内には厳しいというか、排除思想がちょっと怖いなと思いました。
もちろん個人の考え方は尊重しますが・・

昨年、取手でバス無差別傷害事件がありましたが、事件を起こした青年は高校時代にいじめを受けていたそうです。
卒業文集には、未来に事件を起こしそうな人No1 ということにされたそうですが、未来を予測したというより、この人たちがそのように追い込んだのだと僕は感じます。
ですから、このクラスの人たちの一部もこのような事件の加害者であって、事件を起こした人とともに意識、無意識でかかわらず背負っていくのだなと思います。
(少々、乱暴な意見ですが)

自分の生活の中には楽しいことが秘められていて、でもその中には苦悩ということも表裏一体のようにつきまとう。
だから、楽しいことを素直に受け入れられない臆病者になってしまう。
あしたの自分をどう作っていったらいいのだろう。
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by masagorotabi | 2011-01-27 20:49 | 雑想 | Comments(0)

知恵

少し前のラジオ番組で江戸時代のことが語られていました。
僕も江戸時代には興味があるので、注意深く聞いていました。

ゲストは小説家の島田荘司氏でしたが、ロスに暮らしている島田氏はロスの暮らしに江戸人の姿を発見しました。
それだけフレンドリーであっけらかんとした人種が多かったのでしょうか。

江戸時代というのは、人口が増えそれだけ建造物が多く、大工などの鳶職が多くいたといいます。
ですので、身軽にいるために食事をする時にもそれほどの量を食べるわけではなく、粋という文化(?)を築きました。

そばを食べる時にも、汁は少しだけ付け、麺は喉で味わい噛んではいけない、酒もさらっと飲み直ぐさま店をあとにする。
せっかちで宵越しの金は持たない(?)、それは人口が増え、そこで暮らす人々の知恵だったのかもしれません。

江戸時代と現代とは、価値観も環境も違いますから、今でしか味わえない知恵というものを活かせば、もっと愉しく暮らせると思うのですが、どんなものだろう。
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by masagorotabi | 2011-01-24 19:04 | 雑想 | Comments(0)

海の色

「幻の光」という映画を見ました。
15年ほど前の作品ですが、その映像を見るとどこか懐かしい気持ちになります。

子供が生まれた夫婦の男性の方が自殺をしてしまいます。
その後、能登の子連れの男性と見合いをして結婚をします。

なぜ自殺をしてしまったのかという答えは用意されていません。
そのことを引きずる女性と能登の風景が映し出され紡ぐ物語です。

能登へは、自転車、オートバイで旅行をしたことがあります。
この物語の映像が、旅行での風景と重なり、涙腺をいじめてきます。

よくも悪くも日本人的な映画だなあと思います。
こういった風情をいつまでも残して欲しいとさえ思いました。

北野武監督の「あの夏、いちばん静かな海。」という映画も見たことがありますが、どちらも「死」というものがモチーフになっていますが、海の色が対照的です。

日本海、太平洋、どちらの海も好きですが、人の感情も色々とあるように海の色と同化したいなと思う時があります。
そんな意味で「幻の光」「あの夏、いちばん静かな海。」は、どちらも秀作です。
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by masagorotabi | 2011-01-19 19:22 | 映画 | Comments(0)

中身

映画やドラマ、ミュージシャンなどを見ているとかっこのいい人ってのは、ジーパン、Tシャツ姿でもかっこよく見えてしまう。

なにかの本で読んだのですが、人と会い中身の詰まった印象を受けたの司馬遼太郎と民俗学者宮本常一だっと誰かがそう記していました。(名前失念)

歴史小説、民俗学とうものを極めたといっていいくらいのお人たちですが、そういったことは姿形からにじみ出るものなのかもしれません。
司馬遼太郎に接した人は惚れてしまうと、人間性に関しても第一級の人たちなのであろう。

僕はといえば、言わずもがな・・です。
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by masagorotabi | 2011-01-14 20:39 | 雑想 | Comments(0)

飽きるということ

ラジオを聞いていたら、どんな恋愛でも3年ほどで飽きるという話題がありました。
よく聞く事柄です。

飽きるということはどういったことなのだろうと、ふと考えました。
飽きるということは、自分自身に飽きていることではなかろうか。

僕はオートバイ、自転車に乗り続けていますが、未だに飽きることはありません。
それは、いつもそれらを磨いているからではないだろうか。

磨けば愛着も持てるし、日常的に必要なものになっていきます。
だから飽きるということは、嫌いになる理由ではないと僕は思っています。

お天道様のように光り輝いていたら、誰も飽きるということを忘れてしまっているとさえ思えます。
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by masagorotabi | 2011-01-09 21:01 | 雑想 | Comments(0)

スナフキンになりたい

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元日の新聞に演出家の蜷川幸雄氏の記事がありました。
精力的な仕事をなさっていますが、その中にこんな言葉がありました。

「僕自身は一定程度のお金があればいい。やりたい仕事はタダでもやるよ」

お金というものが人間を縛り付けてしまうものだけど、その呪縛をとってしまうと多くのことが見えてきそうです。
そもそもお金とは不浄なもので、スマートに扱わないと下品な人間になってしまうと僕は思っていますが、好きなこと愉しいことであったら僕はタダでも行動したいと願っている。

では好きなこと愉しいことってなんだろう?
と思いますが、それはスナフキンであると今の僕は思いたい。
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by masagorotabi | 2011-01-04 18:51 | 落描き | Comments(0)