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落書き

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落書きをしていると、老若男女を描こうとしてしまいます。
それが僕のバランス感覚なのだなと思います。

絵というのは正直で、嫌いな表情の顔を描きませんね。
それは、鏡を見て理想の表情をしている時の自分に似ています。
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by masagorotabi | 2011-02-27 18:45 | 落描き | Comments(0)

基本的に「告白」を見る

映画「告白」を見ました。

幼い娘を教え子に殺された女教師の復讐劇ですが、これでもかと言わんばかりの行為に痛快な気分さえ感じることが出来ました。
実生活では出来っこない復讐をこれだけ鮮やかに描いたのは、「モンテ・クリスト伯」ぐらいでしょうか。

自らの行為に嗚咽するシーンがありますが、その後、スッと立ち上がって「ばっかばかしい」とつぶやく場面が印象的で、ラストの台詞も、理不尽に我が子を殺された怨念を感じずにはいられません。

僕は、死刑制度は基本的に反対ですが、基本的にという部分をのぞけば、この女教師の心情は理解できます。
人はズルクて嘘をつく、復讐というものだけが真実をついているような気もします。
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by masagorotabi | 2011-02-23 22:15 | 映画 | Comments(2)

「青い鳥」を見て

重松清原作映画「青い鳥」を見ました。
原作は読んでいますが、村内先生役が阿部寛さんでイメージ的にちょっと違うかなと思いましたが、すんなりと物語の中へ入ることができました。

自殺未遂をした生徒が転校をしたあとのクラスに、代理教員として村内先生が勤めます。
先生には吃音という障害(?)あり、過去の出来事によって深い傷も抱えています。

他者をいじめたり踏みにじるということはどういうことなのか、それは忘れて一から出直すことではなく、そのことを背負い責任を持って生きることだと諭します。

先生の澄んだ清々しい目の向こうには、かつての教え子の不運があるのだろう。(作品には詳しくは描かれていない)
先生もまた責任を持って生きているのであろう。

僕はいじめというのは、殺人的行為だと思っていますが、被害者は一生深い傷を負い忘れず、加害者はそれを責任として背負って生きていかなくてはならない。
どちらにしたって、これほどの不幸なことはない。
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by masagorotabi | 2011-02-16 22:04 | 映画 | Comments(0)

睨めつける人たち

暴走自転車への批判がありますが、自転車を取り締まるよりも、自動車が横断歩道を渡ろうとしている人たちがいたら一時停止をして渡らせてあげる人が増えた方が、自転車を取り締まるよりも効率よく暴走自転車が減るであろうと思うのは僕だけであろうか。

押しボタン式の横断歩道での出来事です。
反対側にはスーパーマーケットがあります。
そこから出ようとしている配送のトラックが一台待っています。

僕は押しボタンを押して、信号が青に変わるのを待って渡ろうとしていましたが、黄色の段階でトラックは右折をして目の前を通り過ぎました。
その時に運転手が僕を睨めつけました。
同じ様なことが2度も続いたので、人間とは同じ様な思考を持っているのだなと関心しました。

このような場合は、歩行者が優先されるのですが、トラックは交通法規を無視し、アホ面で睨めつけていくとは、僕にとっては踏んだり蹴ったりです。
おそらくトラック運転手は、自分が仕事だから優先されてもよいと考えたのかもしれません。

それでも自分が悪いことをしたと思ったのか、軽蔑の眼差しで視姦されるという屈辱に耐えられなくなって僕を睨みつけたのかもしれません。

これはこのトラック運転手に限らず、日常にも出くわすことですが、人間はだんだん恐い人間に変貌し、なおかつ何もしていない人たちを威嚇する行動も伴う。

いつの時代も善良な人は受難者となる。
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by masagorotabi | 2011-02-15 19:12 | 雑想 | Comments(0)

形而上学的なボクなのだ

「途方に暮れて、人生論」(保坂和志著)をパラパラとめくっていたら、こんな文章に出くわしました。

「素晴らしいものに接すると、私たちはよく「こういうことは音楽でしか表現できない」とか「こういうことは絵でしか表現できない」という風に感じる。じつは、そう感じた時に、私たちは形而上学的なことを感じているのだ」

「・・さらには、経済効率のサイクルに入らない人間にはニートの烙印を押して、罪悪感や無力感を植え付けて、彼らが形而上学に走ったり、突如、蜂起したりしないように監視する」(以上本文より)


全くその通りだと思います。
僕はよく人間はズルイ、と書いていますが、知れば知るほど人間というものはズルイ。
そのズルサというのは、僕にもあるわけですが、そうにならないようにと形而上学的な考えを持とうと思っているわけです。

もし仮に、社会が絵に描いた世の中を作ろうとしているのなら、それは無理ってもんです。
ズルイ人間が、そんな世の中を作れるはずがないからです。

人それぞれ役割があるってもんで、頭の固い人間や権威やお金に溺れている人間だけでは、社会が変化できるわけがありません。

そういうことですので、今、眠っている人は起き上がって下さい。
目覚ましは鳴っていますよ!
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by masagorotabi | 2011-02-13 19:07 | 雑想 | Comments(0)

恋するレコード

岡本綺堂のレコード収集は有名だったらしく、20年間でクラシックレコードを2万枚(?)を集めたらしいです。
大正期のレコードといえば、高価なものであったと思うけど、それだけ西洋音楽が日本人の岡本綺堂にとっては新鮮に感じられたのかもしれません。

現代はというと、CDは売れず、インターネットを介して無料で聴けるようになってしまいまいた。
わざわざお金を出してまでもというのは、知的財産を守るという点からして、残念に思います。

岡本綺堂は、レコード収集は「恋」といっていたそうですが、2万回(?)の恋する機会があって羨ましく思います。

僕は消費は美徳だと思っていますが、たくさんの恋が出来たらいいなあと思います。

江戸人は、「宵越しの金は持たない」といいましたが、たくさんの恋をしていたのだろう。
「無い袖は振れない」ともいえそうですが・・(笑)
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by masagorotabi | 2011-02-12 19:38 | 雑想 | Comments(0)

寺子屋

何日か前の新聞に、教育に関することが載っていました。

画一化した教育システムが、いじめ、不登校、中退、校内暴力をつくるという内容で、フィンランドの教育と比較されて記されていました。

フィンランドの授業時間は先進国で最も少なく、現場教師の裁量を大きくして、弱者への思いやりや人間としての責任といった社会性を育む教育を重視し、そのためいじめや不登校も殆どないそうです。

考えてみれば、江戸期にあった寺子屋ではないかと思いました。
この時期は、子供だけではなく大人たちも学問に励んでいたと思いますが、学問とは出世する手段ではなく、人間性を育む機会ではなかったのではなかったのか。

浮世絵がヨーロッパ文化人に影響を与えたように、明治維新前の日本というのは誇るべき文化というものを作ったと思うし、それに準ずるかのように魅力ある日本人像をも作り出したと思うのは僕だけであろうか。
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by masagorotabi | 2011-02-09 21:25 | 雑想 | Comments(0)

コミュニティガーデン

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写真はひまわりの種です。
シジュウカラの餌として、皮を剥いて与えています。

コミュニティガーデンという言葉をご存知だろうか。
1973年、リズ・クリスティという女性がニューヨークで荒れ果てた空き地を緑に変え、地域住民の憩いの場として再生した空間です。

この試みは世界中に広がり、ニューヨークだけでも600を越えているそうです。
コミュニティガーデンとは?

「その地域の住民が責任を持って管理し、育てていく緑地スペースです。
 そこはまた、地域社会において、人と人とのコミュニケーションの場となり、地域問題を学ぶ場です。
 そして都会に暮らす人々が、自分たちの手でつくり、自分たちで所有する、開かれた憩いの空間です。
 もちろん子供たちにとって自然とふれあうことができる安全な野外学校でもあります」(「暮らしの手帳45」より)
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by masagorotabi | 2011-02-08 19:13 | 日記 | Comments(0)

蛇口を補修す

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蛇口が水漏れをしだしたので、パッキンとシールテープ(5m)をホームセンターで買ってきて交換、補修しました。(しめて250円、二個入りなので実質その半額)

シールテープというのは、雄ねじに巻いて水漏れしないように使うのですが、これは自転車のビスに使えないかと思いました。

僕が乗っている自転車には、キャリアが組めるようにビスがあるのですが、この部分とボトルゲージのビスに使えないかと思案したわけです。
一応はネジ部にはグリスを付けてありますが、グリスの代わりにシールテープを使えば、水、ゴミの浸入を防げるかなと考えたわけです。

その気になったら試してみます。
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by masagorotabi | 2011-02-05 18:57 | 日記 | Comments(0)

シアワセ度計

映画「南極料理人」を見ました。

閉塞した空間にいると、料理が最大の愉しみになるのだなあと思いました。
人間関係を穏やかなものにしてくれるのも、料理なのかもしれません。
ただ、食べ過ぎには注意しなくてはいけませんが・・・

僕のダイエット方法というのは、というよりもダイエットは必要ないので、同体重を維持するだけなのですが、毎日、体重計に乗ることです。
武豊騎手も語られていましたが、これはよいです。

食べる量は減るのですが、減らした分は、食べることよりも少しだけ大切なものを見つけることかな。

体重計と共に、シアワセの量を示す「シアワセ度計」があれば、人はもっと幸せを実感できるのになあ。
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by masagorotabi | 2011-02-02 22:10 | 映画 | Comments(0)