<   2014年 07月 ( 12 )   > この月の画像一覧

落書き

d0163154_20182864.jpg


新聞の読書コーナーを読んでいたら、「霊長類ヒト科動物辞典」(向田邦子著)の新装版が発売になったと書かれてあり、ちょっとした文章も載っていました。

「運命や喜怒哀楽や決断や後悔が、四角い薄い形になってつまっている。雑駁(ざつばく)な街のなかで、あそこだけにはまだ夢が残っているような気がしている。」(「ポスト」より)

夢とはこういうことなのかなあと思ってしまったわけですが、どうしたらこういう感性を持つことができるのだろうかと、我が身の不甲斐なさを痛感してしまいます。

少し前に、山口瞳のエッセイを読んでいたのですが、エッセイも物語も私よりもウマイ!と書かれていました。
他人を評価する場合、自分と比較して自分よりもウマイと言える人はどの程度いるのだろうか。
(付せて、丸谷才一が芥川賞の選考委員の時に、自分よりもウマイ人のものを読む時は困ったと嘆かれたことがあるそうです、と書かれてもいました。)

このお二人にも夢があったのだな・・
何か他人に評価願いたいときには、こういう夢のある人に批評願いたいものだと思ったのでした。
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-31 20:31 | 落描き | Comments(0)

夏祭り

d0163154_20394927.jpg
d0163154_20385154.jpg


1週間前の模様です。
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-27 20:41 | 日記 | Comments(0)

信頼社会

「日本の『安心』はなぜ、消えたのか」(山岸俊男著)を読む

いじめに関しては、昔の村八分のような規律を守らない人たちには、そういった行為は必要悪であり、現在の無差別ないじめと一緒にして考えることはナンセンスと説く。
学校のいじめでは、傍観者が多いと陰湿になり、逆に少ないと沈静化するそうです。
この辺りが、いじめをなくすカギ。

日本人らしさとはなんなのか?
戦国時代は、主君に忠誠するよりも、いかに自分をアピールして出世するかでアメリカ型の社会であった。
日本にも、このような社会があったのです。
(つまり本能寺の変、小早川秀秋の寝返りなどは、その当時は極当たり前の出来事ということになるのだろう)

武士道の世界では、共存共栄は臨めず、お説教(武士道)よりも、商人道によって信頼社会を築くことを主眼にした方がよいと信じて疑わないとあります。
伊丹十三監督の「スーパーの女」という映画を思い出しました。
パートかなんかで働く主人公の女性が、スーパーを改革していくという話です。
そのスーパーで働く従業員は、その店で買い物をしないで他で買います。
自分の働く店が、どのようなことをしているかを知っているので、そういう行動になるのですが、主人公は徐々に他の従業員と共に信頼のおけるお店にしていきます。
そして、「正直」「信頼」によって、みんなが自分の店で買い物をすることが出来るようなお店に変貌していきます。
著者がいいたかったことは、この映画で描かれていることなんではと思いました。
何だか「スーパーの女」が見たくなってきたぞ!

追記
この著作のコンセプトは、安全社会から信頼社会へということになると思うのだけど、安全社会とはムラ社会ということなのだろう。
そこで暮らせば規則はあるけど助け合って生活ができる、ある意味安全で暮らしやすい。
現代は、グローバル社会になり生活自体も変わってくる。
いかに他者と信頼関係を築いていくのが問題となってくるのであろう。

空気を読むということ自体は安全社会での仕草なので、信頼社会では馴染まない。
空気を読む若者に、著者は憂いています。

あと特に面白かった記事は、友好的な人はそうではない人よりも、他人の善悪を判別する能力が高いという記述です。
疑心暗鬼に他人に接する人よりも、世の中を鮮明な目で眺めることができるのであろう。
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-23 22:00 | 読書日記 | Comments(0)

市営グランド

d0163154_2145724.jpg
d0163154_21445061.jpg


ジョギングの途中に市営グランドがあり、そこに寄って走ることがあります。
素足感覚の靴だと、土のグランドは心地よく、アスファルトとは全く違う感触です。

土はいいなあ。
オートバイでも、やはり土の匂いを求めてしまう。
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-21 21:51 | 日記 | Comments(0)

三十光年の星たち

「三十光年の星たち」(宮本輝著)を読む

隣の金貸しの老人にお金を借り、返す当ても無く、とりあえず自動車を売ってでもと思い、そのことを話すと、運転手をやれと言われる。
貸したお金を取り返す旅にでるが、そのことが青年の心に変化が訪れる。

「働いて働いて働いて」あるいは「叱られて叱られて叱られて」、そして30年後に初めて成熟した人間になれると老人は青年に諭します。

人は一人では生きられないし、お金が無くとも現代社会では生活ができない。
だけど、お金というものが希望をもたらしてくれるということもあるのであろう。

そんな希望な物語でした。
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-17 20:26 | 読書日記 | Comments(0)

教養

「今夜、すべてのバーで」(中島らも著)を読む

アルコール中毒になってしまった主人公、著者の自伝なのか創作なのかよくわかりませんが、アルコール依存症のことがよくわかる小説です。

主人公は、若い時からお酒を浴びるように飲んでいますが、アルコール中毒になる要因として、次のように述べています。

「『教養』のない人間には酒を飲むことくらいしか残されていない。『教養』とは学歴のことでなく、『ひとりで時間をつぶせる技術』のことでもある。」(本文より)

こういう感覚って凄いなって思います。

この本は、20年以上前に出版されましたが、この頃のアル中人口は220万人(たぶん)と書かれてあり、現在は300万人以上と言われています。
お酒はほどほどに飲めば、素敵な時間が過ごせますし、なかなか難しいところです。
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-13 22:05 | 読書日記 | Comments(0)

大河内教授

d0163154_20335938.jpg


『私は常々、他人のことはほっておきなさい自分のことだけを考えなさいと言っている。
 正確には、他人のどうでもよいことはほっておきなさいという意味である。

 この点に関しては誤解されることは重々承知であるが、私はあえて誤解されてもよいと考える。
 なぜなら、誤解が解けた時の美しさといったら、殺伐した社会に置いては一服の清涼剤になると思っているからである。

 誤解は美しい。
 まだ解いていない誤解は、この世界に星の数ほど存在する。』
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-10 20:40 | 落描き | Comments(0)

愚直

「わたしが・棄てた・女」(遠藤周作著)を読む

半世紀前に出版された本です。

決して美形とはいえない森田ミツと大学生吉岡は手紙を通じて知り合う。
ミツは男を信じ自らの愛を信じたいが、吉岡は打算的な行動をし連絡をせずミツを忘れようと思うが、ひょんな時にミツが思い出される。

だんだんと堕ちて行くミツ、そしてハンセン病にかかってしまい(?)、隔離病棟で過ごすことになってしまったが・・

健気なミツの姿が時に痛々しく感じるが、それは愚直という言葉があてはまるほどもどかしく思えてしまう。
だけど、その愚直さはいつまでも私のこころに痕跡としてとどまるような気がする。
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-08 20:51 | 読書日記 | Comments(0)

紅花とニンニク

d0163154_20422740.jpg
d0163154_204175.jpg


7粒の紅花の種を蒔いて、1個の花しか咲きませんでした。

ニンニクの方は、個体差がずいぶんと違うものになりました。
同じプランターで育てたのですが・・
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-07 20:45 | ロハス | Comments(0)

落書き

d0163154_21494163.jpg


前にラジオで、仕草について話されていたことがありました。

自分でも気づかない間に、他人を不機嫌にさせたりすることがあるそうです。
言葉よりも、そういった仕草の方が影響があるとも言っていました。

世間一般には、よくあることかなと思いますが、そういった仕草で不機嫌になるということも大人げないという気もします。(イジメなんていうのも、こういうことが発端なのでしょうけど)
どっちもどっちかなとも思いますが、それだけ人は敏感に感じ合っているのでしょう。

だから、正直で誠実であるということが、信頼される最も大切な要因なのだろう。
[PR]
by masagorotabi | 2014-07-05 21:59 | 落描き | Comments(0)