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なぜ私たちは差別をするのか?

「差別の民俗学」(赤松啓介著)を読む

警察の留置場や刑務所へ行くのをすすめることもないが、娑婆ではわからないこともわかってくる。たとえば、スリ、泥棒、オカマなどの世界でも、あらゆる隙を見つけては差別を作っていた。「人の上に人をつくらず」というのは上向きの人間がいうことで、しもじもの者は、「人の下に人をつくる」ために一生懸命に努力している構造はなんとも無惨なことではないか。少しでも表層へ浮上する為には、その下に踏み込んでおいて支えにする材料がなければならない。それをしなかったら、自身が踏み埋められて、他人の支えに使われる。」(P43)

だれも生まれながらにして犯罪者である人はなく、ほとんど後天的な環境であるといえる。たとえ少数の先天的素質がある人があるとしても、それは精神的病理の問題というべきであろう。私たちは犯罪者を笑う資格はないし、その責任を糾弾されるとすれば、こうした社会の存在を見過ごしている私たち自身であった。私は警察がいうほど暴力団、暴走族などを非難する気はない。暴力団に脅かされるのはイヤであるし、暴走族にハネとばされるのも好きではない。しかし、根源的には、我々自身の責任だという認識がある。」(P116)

やっと巡り会えたなあという言葉です。
柳田民俗学に対しては、差別や階層の存在を認めていないことだと記しています。


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by masagorotabi | 2016-09-30 20:28 | 読書日記 | Comments(0)

若者

「若者ホームレス」        飯島裕子著
「若者はなぜ正社員になれないのか」川崎昌平著
「高校放浪記 1」        稲田耕三著を読む

若者がホームレスになる場合は、頼るべき家族の不在や、イジメ、人間関係といったものが影響しているという。
人が年を重ねると下品になっていくと思いますが、そうしないとバカにされたり見下されたりと、自分自身を守るということでもあると思います。
それにともない陰鬱な世情になって、ますます暮しにくくなっていく。

「高校放浪記」は40年前程の作品ですが、著者は5回も転校を重ね高校を卒業します。
父親、学校に反抗し喧嘩に明け暮れ、尖った高校生活をおくりますが、そこには陰鬱さはありません。

昔が良かったとか今が良いとも思いませんが、今の時代に参考にすべきことがあればそこから学び生かすことも大事なことだなとも思います。
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by masagorotabi | 2016-09-27 21:03 | 読書日記 | Comments(0)

成長

読む本がない時は、本棚から選んで読んでいます。

野呂邦暢のエッセイの中に、日記を子供の頃から書いているというくだりがあり、その日記を読み返してみると自分自身が成長していないことに気づくという場面があります。

白洲正子のエッセイの中には、小林秀雄から「人間は何もしないで遊んでいるときに育つんだよ」と言われビックリしたということが描かれています。何もしないということは実に大変なことであるとも書かれていますが、ふと人間の成長について考えてしまいました。

経験が人をつくるとか、立場が人間を成長させるとかも言われますが、そんなことはないと実感として感じることがあります。
成長とはなんだろう。
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by masagorotabi | 2016-09-25 19:43 | 雑想 | Comments(0)

ばねじぃ

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「くやしい気持ちが、良質なバネを作るのじゃ」
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by masagorotabi | 2016-09-19 20:46 | 落描き | Comments(0)

ゲーテ

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ゲーテの名言集をネットでたまに見たりしますが、実に的を射たものだなあと思います。
メモ魔であったとされ、なにかあると詩に託して書き記したといいます。

たのしんでいると やってきて水をさす 仕事がめだつと 石を投げてくる」(ゲーテ)

もともとは行政官で、国の仕事をしていて有名人であり、貴族の称号を貰い受け、恵まれた人生をおくっています。

最後の詩は「戸口を掃除しよう すると町は奇麗だ 宿題をちゃんとしよう するとすべて安心だ

70歳を過ぎて、16歳の女性に求婚をしたのは宿題であったのか?
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by masagorotabi | 2016-09-17 22:14 | 落描き | Comments(0)

裏日本

「裏が幸せ。」(酒井順子著)を読む

裏日本(日本海)の静謐さが書かれています。
作家でいえば泉鏡花、水上勉の作品があげられています。
これらの作品には幸福な女性は描かれていませんが、日本海という土壌でしか表現できない、そういったものかもしれません。
しかし、北前船が運航されていた時代は、こちらが表日本といわれていたのですけどね。

オートバイ、自転車で裏日本の道は走りましたが、道は比較的空いていますし、日本海というどこか寂しげな雰囲気も好きでした。
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by masagorotabi | 2016-09-13 11:19 | 読書日記 | Comments(0)