コミュニティガーデン

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写真はひまわりの種です。
シジュウカラの餌として、皮を剥いて与えています。

コミュニティガーデンという言葉をご存知だろうか。
1973年、リズ・クリスティという女性がニューヨークで荒れ果てた空き地を緑に変え、地域住民の憩いの場として再生した空間です。

この試みは世界中に広がり、ニューヨークだけでも600を越えているそうです。
コミュニティガーデンとは?

「その地域の住民が責任を持って管理し、育てていく緑地スペースです。
 そこはまた、地域社会において、人と人とのコミュニケーションの場となり、地域問題を学ぶ場です。
 そして都会に暮らす人々が、自分たちの手でつくり、自分たちで所有する、開かれた憩いの空間です。
 もちろん子供たちにとって自然とふれあうことができる安全な野外学校でもあります」(「暮らしの手帳45」より)
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# by masagorotabi | 2011-02-08 19:13 | 日記 | Comments(0)

蛇口を補修す

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蛇口が水漏れをしだしたので、パッキンとシールテープ(5m)をホームセンターで買ってきて交換、補修しました。(しめて250円、二個入りなので実質その半額)

シールテープというのは、雄ねじに巻いて水漏れしないように使うのですが、これは自転車のビスに使えないかと思いました。

僕が乗っている自転車には、キャリアが組めるようにビスがあるのですが、この部分とボトルゲージのビスに使えないかと思案したわけです。
一応はネジ部にはグリスを付けてありますが、グリスの代わりにシールテープを使えば、水、ゴミの浸入を防げるかなと考えたわけです。

その気になったら試してみます。
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# by masagorotabi | 2011-02-05 18:57 | 日記 | Comments(0)

シアワセ度計

映画「南極料理人」を見ました。

閉塞した空間にいると、料理が最大の愉しみになるのだなあと思いました。
人間関係を穏やかなものにしてくれるのも、料理なのかもしれません。
ただ、食べ過ぎには注意しなくてはいけませんが・・・

僕のダイエット方法というのは、というよりもダイエットは必要ないので、同体重を維持するだけなのですが、毎日、体重計に乗ることです。
武豊騎手も語られていましたが、これはよいです。

食べる量は減るのですが、減らした分は、食べることよりも少しだけ大切なものを見つけることかな。

体重計と共に、シアワセの量を示す「シアワセ度計」があれば、人はもっと幸せを実感できるのになあ。
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# by masagorotabi | 2011-02-02 22:10 | 映画 | Comments(0)

失うものは何もない

一週間程前の読売新聞にこう記されていました。

「経営コンサルタントの冨山和彦氏は、世代間の所得配分の偏りを問う。「若者よ、挫折力を鍛えよ」で氏は、医療や年金の制度改革が進まないのは、団塊世代など「上の世代」が資産を再分配する気がなく、「逃げ切り」を図っているからだという。殻に閉じこもるのはむしろ「上の世代」であり、若者が草食化、内向き化するのは、その閉塞状況にしたたかに順応しているためだーというのが氏の見方だ」(読売新聞 「思潮2001」より)

なるほどなあと思いました。
ようするに自分は傷つかない代わりに、むしろ加害者になっているという図式なのだろう。

若者の比率が高い時ほど、変革が起こりやすいと聞いたことがありますが(明治維新など)、少子化といわれる現代では、変革することすらできないという状況なのかもしれません。
若作りはするけど、成熟はしない大人たち。
自分の見を守るためには、足を引っ張り出る杭は叩く人たち。
まず、あなたたちが殻を破るのが先決なのだろう。

殻を破るとは、失うものは何もない、こうに思えることなのではないかと今の僕は思うのである。
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# by masagorotabi | 2011-01-30 18:48 | 雑想 | Comments(0)

臆病者

市川準監督の「あしたの私の作り方」という映画を見ました。
小学生高学年から高校一年までの女の子を主人公にした物語です。
どんな世代にも悩みというものはあるもので、いじめる側、いじめられる側、いじめられないように静かにいる者、いろいろな思惑があります。

最近のニュースで気になったのは、死刑制度に賛成する人が8割いるということです。
キリスト教徒国家であれば逆転する数字ででしょうが、日本人というのは身内には厳しいというか、排除思想がちょっと怖いなと思いました。
もちろん個人の考え方は尊重しますが・・

昨年、取手でバス無差別傷害事件がありましたが、事件を起こした青年は高校時代にいじめを受けていたそうです。
卒業文集には、未来に事件を起こしそうな人No1 ということにされたそうですが、未来を予測したというより、この人たちがそのように追い込んだのだと僕は感じます。
ですから、このクラスの人たちの一部もこのような事件の加害者であって、事件を起こした人とともに意識、無意識でかかわらず背負っていくのだなと思います。
(少々、乱暴な意見ですが)

自分の生活の中には楽しいことが秘められていて、でもその中には苦悩ということも表裏一体のようにつきまとう。
だから、楽しいことを素直に受け入れられない臆病者になってしまう。
あしたの自分をどう作っていったらいいのだろう。
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# by masagorotabi | 2011-01-27 20:49 | 雑想 | Comments(0)