世間と教養

「日本社会で生きるということ」(阿部謹也著)を再読する

日本に暮らすと世間から逃れられないですが、マイナス面としては世間以外は人間として認知されず、排他的差別的になるという。
インテリでも、思いやりや優しさを持てなくなる時があるという。

電車で化粧ができてしまうのや、陰口や悪口が好きでそれで相手が苦しんでいても我関せずとして関係ないと思っていてもこの世間という奴のためなのであろう。
よくいじめをした人間はその行為を忘れてしまうのも、この世間の仕業なのかもしれない。

著者にとって「教養」とは「一人ひとりが社会とどのような関係を結んでいるかを常に自覚して行動している状態であって知識ではないのです」」と書いています。
世間を風通りのよい状態にするには、教養人を増やすことが第一なのかもしれません。

有名人としては、ホリエモンこと堀江さんが世間とうまい付き合いをしているなあと思います。

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# by masagorotabi | 2018-06-22 05:50 | Comments(0)

ポーツマスの旗

「ポーツマスの旗」(吉村昭著)を読む

日露戦争で勝利した日本は、外務大臣小村寿太郎を従えてアメリカ ポーツマスへと向かう。
そこで待ち受けていたのは、金銭も領土も渡さぬというロシアの強硬姿勢だった。

日本国内では期待が膨らみ、多くの戦利品が入ると思っていたが、結果として南樺太の領土のみとなり、暴動がおこったという。
小村は交渉はうまくいかないと予見はしていたが、粘り強い交渉でなんとか南樺太を日本の領土にしたが、日本の民衆はそれでは満足せず小村の留守宅にも火を放ったという。

戦争というのは、多くの人間を愚民化してしまうのだなと思うけど、新聞もまたそれに加担をしてしまう。
仲介役のルーズベルト大統領も古だぬきであったし、人間というもんは予断を許さぬものなのだろう。

その後の関税に関する不平等条約を正したのも、小村の粘り強い交渉が功を奏した。

人物としては、簡素な生活を貫き、付け届けなども開けることがなかったということがこの小説の中で描かれている。

著者がこの小説を書くまでは、小村寿太郎は低い評価であったという。

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# by masagorotabi | 2018-06-17 10:23 | Comments(0)

バネじぃ

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「辛い時は、バネじぃ踊りをするのじゃ♪」


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# by masagorotabi | 2018-06-15 18:25 | 落描き | Comments(0)

白い航海

「白い航海」(吉村昭著)を読む

薩摩藩軍医だった高木兼寛は、脚気の原因を食物の摂取と考えていましたが、当時の外国人の医師や日本の医師は細菌によるものだと考えていました。

食べ物を変えるだけで治る病気なのに、それが出来なかったのは古くからなじんできたコメという文化でした。

特別な環境の中にいる軍人ならずとも江戸庶民の中にも脚気で苦しんでいた人は多かったというし、ご飯をおかずにご飯を食べるというコメ好きもまたそれに拍車をかけてしまったのだろう。

シェリーマンの本の中に、当時の日本人は皮膚病が多く、その原因は米食と魚食であると書かれてあったのを思い出しました。
それが事実かどうかわかりませんが、偏った食事は体には悪いのだろう。

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# by masagorotabi | 2018-06-14 20:46 | 読書日記 | Comments(0)

差別

「差別の根源を考える」(喜田貞吉著)を読む

講演の内容を文字化したので、読みやすいものになっています。

エタという言葉はよく耳にしたりしますが、その語源を考えることは今までしたことがありませんでしたが、鷹のエサ取りを生業にしていた人たちを指した言葉とあります。

人間というのは、どうしても差別したい生き物であるのだなあと痛感します。

ネットのニュースを見ていると、事件事故がらみのものが多いですが、こうしたものを頻繁に流すというのも差別同様に人間の闇を感じてしまいます。

実際は事件事故共に減っているのでしょうけど、ことさら大げさにアピールすることにネガティブな印象を植え付けてしまう。
こうしたことも差別の一因にあるのではと見方をしてしまいます。

たしかフィンランドでは、いいニュースと悪いニュースを半分づつにするというのが法で定められていたような気がします。
相手のよいところを見つける能力もまたマスコミに問われていると同時に、悪いニュースが好きな人間に対しても、考えるきっかけになるのではと思います。

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# by masagorotabi | 2018-06-08 04:50 | Comments(0)