カテゴリ:読書日記( 307 )

幕末史

「幕末史」(半藤一利著)を読む

時系列に語られているので、幕末維新の出来事がよりわかる仕様になっています。

大政奉還は坂本龍馬が画策したと言われていますが、案は幕府の大久保、勝海舟だそうで、それを坂本龍馬→後藤象二郎→土佐藩主山内容堂といった経由で事に至ったそうです。
龍馬の船中八策にしても、当時ではそれほど珍しいものではなかったとか・・

それにしても幕末は難しいかじ取りの時代だったのだなあと実感します。
白人に賠償金として分捕られたり、金銀も搾取されたりと踏んだり蹴ったりの日本ではありました。
アヘン戦争を例に見るように、白人のやり方は姑息で、だからこそ多くの国を植民地化にできたのであろう。

個人的には、小栗上野介や勝海舟の幕府の政権がみたかったかな。

次は「昭和編」へ

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by masagorotabi | 2018-08-14 20:51 | 読書日記 | Comments(0)

昔はよかった?

「昔はよかったというけれど(戦前のマナー・モラルから考える)」(大倉幸宏著)を読む

今に不満のある人は、よく昔は良かったと口癖のように語ってしまいがちですが、実際はどうなのだろう、そういった本です。

結論からいうと今よりも昔はモラルは低かったです。児童、高齢者虐待、公園、列車内のごみの散乱、工業製品の粗製乱造、横行した積み荷抜き取りなど、今の日本からすると信じられないくらいです。

日本が大きく変わったのは明治維新後といわれていますが、その前は規律正しい生活だったのかと言われるとそうでもない。凛々しさがあったのは内向きで、外向きに対してはモラルは欠如されていたという。

かといって今が素晴らしいかというとそうでもない。
虐め、パワハラ、自殺、こうしたことはなくならないし、数々の問題もあるのだろう。

しかし、法律が整備されてきたように差別は昔よりも少なくなってきている。
情報も手軽に手にすることもできるし、便利にもなってきて、昔よりもマナーも向上している。
こうしたことを踏まえて、いい時代だなと噛みしめながら生きていくことも大切なのだなと、そんなことを思いながら読了しました。


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by masagorotabi | 2018-08-11 07:22 | 読書日記 | Comments(0)

民を殺す国

「民を殺す国・日本(足尾鉱毒事件からフクシマへ)」(大庭健著)を読む

結局政府というのは、大きな利権がある場合は国側に付くし、都合の悪いことは隠蔽し、プロパガンダによって優位は方向へ物事を運ぶのだなあと歴史的にみてもそう感じます。


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by masagorotabi | 2018-08-06 20:43 | 読書日記 | Comments(0)

軽トラ

「軽トラの本」(沢木慎太郎著)を読む

近年、農業漁業の従事者が減っていて数を減らしているということですが、実用という面ではこれに敵う乗り物はないのではと思います。

個人的には自動車で旅するという行為は、今までの旅行でやりつくした思いがあるので全くというほどしたいとは思いません。

そういう意味で、近場で遊ぶという行為には、特化した乗り物ではないかと思うわけです。

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by masagorotabi | 2018-08-02 20:51 | 読書日記 | Comments(0)

生けるパスカル

「生けるパスカル」(松本清張著)を読む

画家の奥さんは病的に嫉妬深く、いつしか殺人の計画を立てるようになる・・

こういうストーリーですが、人間の本質や洞察力はいったいどこから来るのだろうかと、そんなことを思いながら読み進めました。

そうした普遍性がいつまでも読者へのメッセージとなって、時代が変わっても魅了するのであろうか。

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by masagorotabi | 2018-08-01 20:55 | 読書日記 | Comments(0)

「多田富雄(からだの声をきく)」を読む

能についてのエッセイが分かりやすく書かれていました。

『ただ明らかなのは、「あのひとたち」が決して日常性の中に没していないということである。「あのひとたち」は舞台の上で、人間の生き死にの凄まじさ、愛や憎悪、闘いの悲惨さ、さらにそれらを超越した境地や隠された聖性など極限の人間性を伝えるために現れるのだ。だから「あのひとたち」は、面(おもて)という特別な顔をつけている。日常の人間の表情を越えて、さまざまな普遍的なものを語りかける面という極限の顔を持たなければならない』(p84)

もうすぐお盆ですが、「あのひとたち」に会う機会は人が生きる上で大切な出来事なのだろう。

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by masagorotabi | 2018-07-29 21:08 | 読書日記 | Comments(0)

イライラ

「イライラしない本(ネガティブ感情の整理法)」(斎藤孝著)を読む

自己承認欲求や、コミュニケーション過多によりちょっとしたことでも怒る人が増えている。

対処法として、酔っぱらった時に鏡を見ると我に返るということを引き合いに出し、武士道葉隠に書かれている鏡を見てわが身を正せということを推奨しています。
ココ・シャネルもまた常に鏡を見て、自己確認をしていたそうです。

著者は、紙に今の心境を吐露して記し、自分がどのような心境なのかを確信することも推奨しています。

先に楽しみがあると人間は頑張れるもので、そうしたもの最終形は絶対的な存在の神や宗教と記しています。

とりあえず今日の嫌なことを忘れるには、おいしいものを食べて生きることも悪くないなと思うことが大事とあります。

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by masagorotabi | 2018-07-22 10:31 | 読書日記 | Comments(3)

空気と世間

『「空気」と「世間」』(鴻上尚史著)を読む

阿部謹也氏の本を引き合いに出して、世間そして空気を論じています。

「あなたが今生きる世間がうっとうしいと思い息が詰まるようだと感じ。時には恐ろしいとさえ思うのなら、その息苦しさを取り払う方法はここにあります」(はじめにより)
「あなたが今生きる世間がうっとうしく、息が詰まるようなら、そして、その重苦しさの割には、あなたを支えてくれないと感じるのなら、僕は世間から緩やかに社会に出ていくことを提案します」(p242)
「インターネットのさまざまな情報から、あなたが本当に楽しめてわくわくするような共同体を見つけ出しましょう」(p245)

日本に宗教が定着しなかったのは、このような世間があったからだと言う方もいます。
良い点としては、見守れるということ、悪い点は排他的で差別的な部分です。
虐めがなくならないというのは、こうしたことが影響しているという方もいます。

著者はこうした中で、苦しんでいる人がいたらもっと楽に生きられる方法を提案しています。

個人的には世間というのは両刃の刃で、ひとたび虐めにはしると徹底的にやり抜くし、それでいて時が経てば虐めたことすら忘れてしまう。
どうして忘れてしまうのかは、世間というものに由来しているからだとも思います。
日本人である以上、この世間から逃れられないし、じょうずに付き合っていくしかありません。
著者は、その点を論じています。

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by masagorotabi | 2018-07-20 21:20 | 読書日記 | Comments(0)

世阿弥

「世阿弥 風姿花伝:(土屋恵一郎著)を読む

風姿花伝は、室町時代に能楽論、演劇論を記した書物で、父から受け継いだ能の奥義を子孫に伝えるために記したものです。
能の源流は、中国から伝来した散楽という芸能で、これは綱渡り、刀投げという曲芸やユーモラスな物まね芸を見せるもので、これに日本特有の滑稽な演技を融合させたものが能という話です。

能の神髄は「新しきは花」「珍しきは花」で、古典芸能でもその中に新しいものを入れていくのが能たるゆえんらしい。

世阿弥といえば「秘すれば花」というのが有名ですが、これはいざというときに発揮できるものを身につけよという意味で、隠しておくという意味ではないそうです。

「初心忘れべからず」(花鏡)も世阿弥の言葉で、初めの心を忘れるなという意味とは少し違い、年を重ねてもその都度忘れてはならぬものがあるという意味だそうです。



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by masagorotabi | 2018-07-16 20:27 | 読書日記 | Comments(0)

老子

老子には小国寡民(しょうこくかみん)という教えがあります。

便利なものを使わないようにし、自分の命を大切にし、食べ物を美味いと感じ、着ている服も美と感じ、習慣を楽しむようにさせたなら、隣国に往来することもなかろうというものです。

最近、気になった言葉の一つです。

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by masagorotabi | 2018-07-14 21:18 | 読書日記 | Comments(0)