カテゴリ:雑想( 84 )

嫌なことは忘れられる?

今年に入ってから講談師 神田松之亟のラジオを聴いていました。
ユーチューブの爆笑問題との対談も聴いていたら、嫌なことは全て忘れてしまうという語りがあり、白洲正子の「夕顔」という本の中の吉田健一について書かれていたことを思い出しました。

吉田健一は、元首相の吉田茂の息子です。
ですから文学者として生きる吉田健一にこんなことを聞きます。
「ずい分、悪口をいわれるでしょう」
「僕は褒められたことしか覚えていないから、そんなの、平気」
白洲正子は、長い間に身につけた知恵だろうと記しています。
そして、吉田健一の豪放な笑い方に、荒ら寺を吹きすぎるがらんどうな悲しみと寂しさにあふれていたとも記しています。

嫌なことを忘れることなんてできるのだろうかと思っていましたが、神田松之亟もまたそういった人でした。



by masagorotabi | 2019-01-06 19:24 | 雑想 | Comments(0)

気まぐれ

手持ちで読む本がないので、年末に本を整理した時に軽めな心理学の本を読み返しました。

CMなどは何度も何度も繰り返して放送しますが、そうしたことは熟知性といってその商品に親しみを持つそうです。

あやふやな情報ほど尾ひれがついては、人が介在するほどあらぬ方向へと導いてしまうそうです。
人間はひとの不幸や悪口が好きですから、良いうわさ話にはなり得ません。

こうした心理に利用されたくはないと思いますが、なぜそうに思うのかはこの本にも書かれていますが、暴力的なことに利用されてしまうからです。
ナチスドイツの基本精神は、「命令は命令である」ということでした。
こうした絶対的なことが、戦争という不幸な歴史へと導いてしまったからです。

企業は、ありとあらゆる人間の心理を利用として商品を売ろうとします。
それは間違っていないと思いますが、度が過ぎると客は不幸になってしまいかねません。
そうならないために、こちらも対抗手段として「気まぐれ」で行動してもいいんじゃないかと思います。(笑)
気まぐれは何も考えないで行動するのではなく、相手の術中に収まらない、そんな行動です。

そういうことをすると世間一般では「変わった人」といわれてしまいますが、そういった人が増えるほど健全な社会のような気もします。



by masagorotabi | 2019-01-02 20:07 | 雑想 | Comments(0)

南京事件について

年末なので、この辺で南京事件についてまとめてみたいと思います。

動画サイトを見ていると、南京事件はねつ造だとかいうのを見かけます。
その根拠として、見たという人がいないとか、外国人が伝聞を信じたに過ぎないとか、中国のプロパガンダとか、アメリカの陰謀とか、写真のねつ造など、こういったものがあります。

ですが、少ない情報の中で丹念に調べているジャーナリストもいて、その人たちの本などを読んでみると、相当酷いことが行われたというのが事実だと私は感じました。
南京事件というと、まず人数が上りますが、加藤周一がいうように人数とかはややこしくなるから考えないようにした方がよいと思います。

東京裁判では、多くの日本人が裁かれましたが、同時に白人による植民地政策というのも裁かれないと一方的なものになってしまいます。
勝てば官軍といわれるように、勝った側は裁かれないというのが、戦争がなくならないという一面なのかもしれません。

個人的には、日本人が南京でどのようなことをしたのかを直視した方がいいと思っています。
我々もその状況下にいたら、同じような行動をしているかもしれませんし、そのように考えると人間とはそれほど綺麗な生き物ではないなと実感できます。

現代でも、いじめ、パワハラ、煽り運転など、戦争と似た行動を散見できます。
過去の戦争を知るということは、そういった行動を抑止できると感がることはできないだろうか・・・

by masagorotabi | 2018-12-31 17:55 | 雑想 | Comments(0)

貧しきものが美しい

お金はあった方がいい、でも貧乏は正しい・・というのが私の考えの一つにありますが、赤瀬川源平さんの文書でこんなのを見つけました。

「貧しきものは美しい。それは詫びや寂びという究極の美学のテーマである」

by masagorotabi | 2018-12-21 20:27 | 雑想 | Comments(0)

減るもんじゃない

タイガー・ウッズは、対戦相手のパットを「入るな」とは思わないそうです。
「入る」というイメージを常に持っていたいからという理由だったと思いますが、勝負よりも自分との闘いを優先してそのような考えに至ったのだろうか・・・

なかなかそういった考えを持つのは難しいのかもしれませんが、ネットの世界では「低評価」なるものがあって、それを打たれた方はモチベーションを削がれるということもままあります。

ユーチューブにもそういった機能はありますが、私は今まで「低評価」なるものを押したことがありません。
ユーチューブに限らずアマゾンでもありませんし、あらゆるものに「低評価」という判断はしていません。

逆に「高評価」は、バンバン押してしまう方で、それによって失うものはないし減るものもない。
なるたけ他人様の考えにケチをつけるということはしないようにしているし、むしろ尊重して良いイメージを常に持っていた方が自分のためにもなるという判断なのかもしれません。

by masagorotabi | 2018-10-24 19:07 | 雑想 | Comments(0)

創作するということ

ソングライターがアルバムを出すと、3つ目でオリジナリティをすべて出してしまうという趣旨の記事を読んだことがあります。

小説家も小説が書けなくなったという話も聞いたことがあります。
開高健は小説が書けなくなって、山口瞳(だったかな?)の勧めで釣りの紀行文を書くことにより、蘇りました。

井上ひさしは、奥さんの殴らないと文書を書けなくなり、編集者に殴られてもらえませんかと懇願されたという話もある本に書かれていました。

オリジナリティといいうのは無限にあるのではなく、むしろ土台と考えた方がよさそうです。

by masagorotabi | 2018-02-15 19:31 | 雑想 | Comments(0)

幸福な王子

有名な童話ですが、貧しい人たちに宝石を届けるのではなく、安定した仕事を提供したほうがよかったと、そんな記事を読んだことがあります。

正月が近いせいか、お年玉のことを思い出します。
子供のころはお年玉にはワクワクしたものですが、振り返るとそれほどワクワクすることでもなかったなと感じます。

お金は必要だけど、情熱や一生懸命なことにはかなわない。

by masagorotabi | 2017-12-23 18:18 | 雑想 | Comments(0)

粗食

寺田寅彦の随筆を読んでいたら、粗食の話がありました。

粗食は健康に良いのかという話で、結論として栄養のあるものを食べ、食べ過ぎないことが肝要ではないのかという終わり方でした。

粗末なものを食べることが健康に良いということではないという話ですが、美味しいものを食べるとつい食べ過ぎてしまう、こうしたことが不健康を招いてしまうということでした。

なかなかこうしたことを語ってくれる人は少ないですね。
by masagorotabi | 2017-10-27 20:20 | 雑想 | Comments(0)

心地よさ

青空文庫に片岡義男氏の小説が載っていたので読んでいたのですが、主に1960、70年代が舞台となっていて、その年代の心地よさというものを感じました。

映画「横道世之介」もその時代が舞台だったと思うのですが、横道世之介という純粋性を持った人物が、人々の記憶の中に懐かしさを与える、そんな映画でした。
世之介という主人公がその時代を象徴していたとさえいえるのかなあと感じました。

懐古主義に陥らないようにしないといけませんが、昨今、神戸製鋼の不正や東電の危険管理能力の無さをみると、過去と比較せざるをえないと思います。

10、20年前と比較しても、現代の便利さというのは飛躍的なものがありますが、それを感じられない強欲さというものがあって、金儲け主義が横行している。

現代社会でも、世之介のような爽やかな風になってみるのもいいんじゃないかと思うのである。
by masagorotabi | 2017-10-15 20:09 | 雑想 | Comments(0)

人間の頭の悪さ

頭の悪さというのはどういったことなんだろうと、考えることがあります。

人間どかかしら他人を決めつけたがるという性質を持っていますが、その起因は自分のことよりも他人のことが気になって仕方がないということがあるんじゃないか。

他人のどうでもよいことなど、ほっておけばいいと常日頃思っていますが、どうも人間にはそういったことができない。
そんなことをすれば、イジメることや嫉妬でのたうち回ることに固執して、真っ当な生活ができないというのがオチなんじゃないだろうか。
だから悪さばかりをしてしまう。
by masagorotabi | 2017-09-28 06:44 | 雑想 | Comments(0)